お城と城下町歩き 日本100名城続日本100名城 甲斐武田の栄華盛衰を見届けた2城・要害山城・躑躅ヶ崎館を巡る 武田信玄といえば甲府、甲府といえば武田信玄というくらい、山梨県民にとって戦国武将・武田信玄は特別な存在。武田神社の祭神となり、今も多くの参拝者が訪れています。武田神社は武田信虎、信玄、勝頼の3代が暮らした躑躅ヶ崎館の跡。そしてその背後には、武田信虎が築城し、信玄、勝頼と、甲斐武田家が3代にわたって居城とした要害山城があ... 2022年12月11日 hachibe
お城と城下町歩き 日本100名城続日本100名城 小田原城登城!北条早雲から始まる戦国一の城郭都市小田原へ 箱根の玄関口・小田原は関東地方の南西端に位置し、足柄平野を中心に南は相模湾に面し、湾を囲うように南側に伊豆半島、東側には湘南海岸、さらに奥の三浦半島へと続いています。反対側を向くと丹沢山地から流れ出た酒匂川が足柄平野を南北に流れ、平野の形成に大きく寄与しているのがわかります。そんな小田原の地に“領民のための平和な国造り... 2022年11月21日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 謙信の遺風残る城下町米沢で上杉家ゆかりの史跡をめぐる歴史旅 戦国の英雄、伊達・上杉両家にゆかりの深い、城下町として栄えた山形県・米沢市。鎌倉時代に鎌倉幕府の重臣・大江広元の次男・長井時広が領有したと伝えられ、その後、伊達氏が212年間、上杉氏が272年間治めました。現在に残る城下町の形成は、上杉景勝の重臣直江兼続が築きました。兼続は城下町の拡張整備を行い、家臣団や町人町の屋敷割... 2022年8月21日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 柴田勝家から越前松平氏へ。越前福井で北ノ庄城の変遷を見る 戦国時代、天下統一を目指す織田信長の下、北陸方面軍の司令官として北陸の平定と統治を委ねられた柴田勝家。織田家の重臣として武功を重ね、越前の戦国大名・朝倉氏を一乗谷に滅ぼした後、北の庄(現福井市)に城を築き、国造りに力をいれました。福井市の礎を築いた柴田勝家の足跡を辿りながらとその後の越前松平家の福井城へとタイムスリップ... 2019年8月11日 hachibe
お城と城下町歩き 日本遺産続日本100名城一之宮 続日本100名城・洲本城も!夏の鱧を求めて神々の島・淡路島へ 神戸から明石海峡大橋を渡ると、瀬戸内海最大の島、淡路島。『古事記』『日本書紀』の冒頭を飾る「国生みの神話」によれば、日本で最初に創造された島とされ、自然と文化が融合し、神々が宿る神秘の島です。戦国時代には水軍の将の本拠地であった続日本100名城に選ばれた洲本城や紀淡海峡、また関西の夏の風物詩といえば「鱧」ということで「... 2018年6月30日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城重要伝統的建造物群保存地区 飛鳥時代に始まる薬草の里「宇陀松山」は大和の小さな城下町 飛鳥時代から「阿騎野」と呼ばれ、宮廷の狩場だった大宇陀。戦国時代「宇陀三将」と称された秋山氏が城を築き、江戸時代初期には、宇陀松山城とその麓に栄えた城下町がありました。宇陀松山地区の始まりであり、以後元元年(1615)に宇陀松山城が壊されると宇陀松山藩や天領時代など歴史のうねりのなかで変遷を繰り返し、城下町は商家町へと... 2014年4月27日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城日本三大稲荷日本のさくら100選 五輪塔にお地蔵さんも!大和郡山城の石垣には驚きの「転用石」 奈良県大和郡山市にある郡山城は、古の都、大和国に栄えた、大和大納言豊臣秀長の100万石城下町「大和郡山」の居城で、続日本100名城に選定された貴重な城跡。かつての都、奈良に隣接し、戦国時代、軍事・政治的に重要な土地であった大和郡山のシンボルとして親しまれる「郡山城跡」は、天正8年(1580)に織田信長の命を受けた大和の... 2014年3月14日 hachibe