お城と城下町歩き 続日本100名城 南・北近江の勢力図、近江・美濃の国境と二つの境目の鎌刃城 戦国時代の城にとって重要なのはその立地です。街道を押さえ、眺望がきく山を掌握することが争奪される城であり、使われ続ける城です。そして重要な場所の一つが「勢力の境目」や「国境」です。滋賀県米原市にある鎌刃城はそのおもしろさが十分に味わえる城です。戦国時代の近江は南北に分かれ、坂田郡南部地域(現米原市南部・彦根市北部)は、... 2025年11月30日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 信州佐久にあったもう一つの五稜郭!江戸時代最後の築城・龍岡城 函館五稜郭とともに日本に二つしかない星形稜堡の洋式城郭をもつ龍岡城五稜郭は、箱館五稜郭の築城の4年後、大給松平乗謨によって慶応3年(1867)に築城された日本最後の城です。星形城郭はフランスのヴォーバン元帥が17世紀に考案した城郭にしたといわれ、山から遠く離れた平野の真ん中にあってこそ、その機能を十分に発揮できる平城で... 2025年10月29日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 温泉もグルメも!御館の乱で散った上杉景虎終焉の地・鮫ヶ尾城 上杉謙信が越後国の大名として活躍した戦後時代。鮫ヶ尾城は隣接する信濃からの侵攻に対する重要な拠点の一つであり、川中島合戦を経験しながらも着実に国境付近まで勢力を拡大してきた武田信玄に対して、謙信が拠点とした春日山を他国の軍勢から守る上で重要な役割を果たしました。謙信没後の家督相続争いであり「御館の乱」では敗走する上杉景... 2025年9月24日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城名水百選 清流に心洗われ、水に憩い、水に遊ぶ。水の城下町・郡上八幡 作家司馬遼太郎は『街道をゆく 郡上・白川街道』で「日本で最も美しい山城であり、隠国の城」と称えている郡上八幡城は、「古より、積もる翠の城也と、称へらるるは、さも然(あ)らむ。たたなづく青垣ごもれる城や美し・・・。」と古名を積翠城、郡城、虞城ともいい、郡上八幡市街地の北東にそびえる八幡山(古名牛首山)にあります。山の南側... 2025年8月23日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 山城の“破城の美観”!奥美濃支配の拠点となった美濃金山城跡 美濃の中央に位置し、エメラルド色の木曽川を堀にし、東山道を眼下に見る要衝にある美濃金山城は、美濃統治のための重要な城でした。尾張を統一した織田信長が、美濃を攻略する際にまずこの城をおさえたのもうなずけます。森可成から4代35年にわたって森家が城主を務めたこの城は、慶長5年(1600)森忠政(可成六男)が海津城主として信... 2025年8月23日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城小京都 但馬の小京都・出石の往時を偲び、美しい城下町歩きを楽しむ 古くは『古事記』『日本書紀』に名を留める歴史ある町・出石は、垂仁天皇3年から天日槍(あめのひぼこ)によって開かれたと伝えられる神話ゆかりの地であり、江戸時代には但馬地方最大の城下町として栄え、但馬の中心として数百年の華やかな歴史を刻んできました。町の南を流れる出石川は、かつて三十石級の大きな船が行き来するほど栄えた但馬... 2025年7月23日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 築城の名手・藤堂高虎が築城の粋を集めた三重・津城の石垣めぐり 伊賀・伊勢22万石(最終的には32万石)の三重・津藩の藩祖藤堂高虎によって一国一城令のもと豊臣氏の大阪に備えた伊賀上野城、交通の便から藩庁とした平時の津城、どちらも典型的な近世城郭として改修された城郭です。「築城の名手」「石垣づくりの名人」といわれた藤堂高虎が築城の粋を集めて築いた城跡には「高虎流石垣」の高石垣が残って... 2025年7月21日 hachibe
お城と城下町歩き 日本100名城続日本100名城日本三大平城 原爆で倒壊!三角州に佇む水堀と石垣の復興のシンボル広島城 毛利輝元が築いたとみられる広島城は、昭和に入っても残り国宝に指定されていたものの昭和20年(1945)8月6日の原爆投下により一瞬にして倒壊。表御門跡や中御門跡に残る赤黒い石垣は、被爆時の火災により変色したものです。現在の天守閣は、昭和32年(1957)の広島復興大博覧会に際して復元が決定され、翌昭和33年(1958)... 2025年7月20日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城路面電車 加賀百万石の分家が治めた越中の要衝。前田利長ゆかりの富山城 富山城は、戦国時代に織田信長の家臣・佐々成政が居城にしましたが、豊臣秀吉に敗れ、城は破却。その後、加賀前田家初代当主前田利家の長男、利長の隠居城となり、城を改修しましたが、慶長14年(1609)焼失し、利長は高岡城へと移ります。寛永16年(1639)加賀藩3代藩主前田利常の次男・利次に10万石で分藩により富山藩ができ、... 2025年5月12日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 名物を味わい、枝垂れ桜の名木が彩る城下町三春をそぞろ歩く かつて5万石の城下町として栄えた三春の町には福聚寺などの寺社をはじめ、江戸・明治期に造られた白壁の蔵が点在し、随所にその繁栄の面影が残る“みちのくの小京都”の趣があります。中心街を流れる桜川と蔵の風情にその蔵を利用したカフェや資料館、そしてここ三春藩の旧城下町では、その佇まいに彩りを添えるのが、滝桜に負けず劣らず見事な... 2025年4月18日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 伝説と足跡が交錯する天下人の基礎を築いた出世城“浜松城” 徳川家康が岡崎から浜松へ本拠地を移したのは元亀元年(1570)、29歳の時。以降、駿府に移った天正14年(1586)、45歳までの17年間をこの地で過ごしました。この間、姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、長篠の戦い、小牧・長久手の戦いなどの数々の合戦で名だたる武将としのぎを削り合い、三河、遠江、駿河に甲斐、信濃を加えた5ヵ国... 2025年3月23日 hachibe
お城と城下町歩き 続日本100名城 “高天神城を制する者は遠江を制する”徳川と武田の遠江争奪戦 いよいよ戦国時代の戦いで心揺さぶられる「高天神城の戦い」の舞台へと向かいます。 高天神城は、掛川市の中央に位置する小笠山から南東に伸びる尾根の先端、標高132mの鶴翁山を中心に造られた山城です。東側の田園地帯から南側の遠州灘まで見渡すことができ、小笠山の北を通る東海道を牽制できる立地条件にある重要な城であったため、徳川... 2025年3月23日 hachibe