
山梨県の小淵沢駅と長野県の小諸駅をつなぐ小海線は、“八ヶ岳高原線”の愛称で親しまれる日本一標高の高い地点を走るJR線です。清里や日本最高地点の駅・野辺山、小海を経由。山、森、野菜畑と多彩な緑風景色が車窓を彩っていく鉄道好きなら一度は乗りたいローカル線です。そんな小海線に「天空に一番近い列車」をコンセプトににした観光列車が「HIGH RAIL 1375」です。小淵沢駅から小諸駅まで昼1往復、夜は「HIGH RAIL 星空」として片道運行する。車窓からの八ヶ岳の絶景と星空を楽しみながらめぐってみてはいかがですか。
中央本線と信越本線を結ぶバイパス線として建設された全31駅・全長78.9kmの単線の小海線は、駅の標高が全国一位の野辺山駅、清里-野辺山駅間にはJR鉄道最高地点(標高1375m)があることでも知られる日本一標高の高い地点を走るJR線です。八ヶ岳の東麓を千曲川に沿って北上し、城下町小諸へと至る車窓からは、雄大な八ヶ岳、千曲川の渓谷、高原野菜の畑が望め、全国でも有数の高原列車です。この壮大な自然に美しく映え、そして爽快に走る観光列車が、2017年7月1日から運転を始めた「HIGH RAIL 1375(ハイレール イチサンナナゴ)」です。車両は専用に改造されたキハ100系と110系気動車の2両編成。
車名は、小海線の特徴の標高の高さを表す「HIGH」と線路の「RAIL」、そして野辺山駅から清里駅間にあるJR線標高最高地点「1375m」を組み合わせて名付けられました。「HIGH RAIL 1375」は2両編成で、車体をキャンバスに見立て、メタリックの金属風な質感を生かしながら小海線の夜空・車窓に映る八ヶ岳の山々が描かれています。ヘッドマークも星空をバックに八ヶ岳と一番星を描き、その中に列車名がデザインされ、周りを線路で囲んでいるオシャレなデザインです。
車内の天井は夜空に横たわる天の川をイメージしたシンプルで落ち着いた感じに仕上がっています。間仕切りは黒地に宇宙船や宇宙アンテナ等が漫画チックに描かれた黒板風の壁面になっているのが楽しめますね。シートもロゴデザインをアクセントに四季の星々を夜空の青地にあしらい、星をイメージした黄色のヘッドカバーが備えられています。星座柄の席に座れば、気分は『銀河鉄道の夜』。また車内Wi-Fiによるオリジナル車内コンテンツの配信が行われていて、季節の星座や沿線案内、高原を駆け抜ける車載カメラ映像がスマホで楽しめますよ。
1号車のシートアレンジは3種類あり、斬新な座席配置です。連結部に近いところの通路の両側にBOXシートの4人掛けがあります。4人グループなら楽しい席ですが、真ん中にあるテーブルは4人で使うには少々狭く、また網棚がないので荷物が多い方は要注意です。
小淵沢方向に向かって通路の左側は、椅子が窓の方を向いている2人がけのペアシートが7卓あり、景色が良く見えます。リクライニングしないベンチシートで、見知らぬ人と座ると少し狭いかもしれませんが、御夫婦や親子、恋人同士などペア利用には最高です。窓下にお弁当と飲み物を置けるテーブルが備えられていますよ。
一人旅には一人用のシングルシートがおすすめです。小淵沢方向に向かって通路の右側に7席用意され、全て窓側を向いています。リクライニングができ、左右90度動かすことができます。一人で乗るのにペアシートやBOXシートでは気を使いますし、なによりもペアシートと同様の広さのテーブルを一人で使え、また足下のスペースも広く使えます。
2号車は通常の特急列車のようなリクライニングシートになっていて、1人掛けが3席の合計21席設置されています。また1号車にはなかった荷物棚が2号車には付いているので便利です。
2号車の先頭には、星空の映像を楽しめるスペース「ギャラリーHIGH RAIL」が用意されています。天体や宇宙に関係する書籍が展示され、誰もが自由に閲覧できますよ。そして天井は半球体形のドーム型になっていて、季節の星空映像が投影されています。星を眺め、本を読みつつ、まったりとした時間が過ごせます。
1号車先頭の物販カウンターでは、沿線のお土産やHIGH RAILオリジナル缶入りチョコサンドクッキーにコーヒー、またクッション、キーホルダーといった「HIGH RAIL 1375」オリジナルグッズなどが販売されています。
クッキー缶は、食べ終えてもペン立てにできるので旅の思い出にいかがですか。
小淵沢駅から「HIGH RAIL 1375」に乗車です。改札口から跨線橋を通りホームに向かいますが、まるで宇宙船に乗り込むゲートのような感じです。これから乗車する観光列車への期待に胸が躍ります。
ホームで、切り立った峰が美しく天にそびえ立つ甲斐駒ヶ岳を含む2000m級の山々に出迎えられながら、列車の入線をワクワクしながら待ちます。見送ってくれるのも、八ヶ岳連峰と南アルプス。いかにも高原列車らしい雄大な風景に後押しされ、小淵沢の駅舎を出発します。
小淵沢を出て中央本線と並行して走っていた列車は、途中南アルプスを背景にして築堤上を右に大きくカーブします。鉄道写真家には有名な「小淵沢の大カーブ」。やがて左手に見えていたはずの山並みが右手に姿を現します。昭和初期の建設時に、大岩を避けるためにこの大カーブを築いたという伝説が残っています。ここからは車窓に八ヶ岳の山々が連なる姿が現れ、小海線の絶景の序章が始まります。
小海線は、小淵沢を出たところから標高1375mのJR最高標高地点に向かってどんどん急勾配を上っていきます。駅の標高では野辺山駅を筆頭に、甲斐小泉駅から海尻駅まで連続8駅すべて標高1000m台なのです。小淵沢の次駅、甲斐小泉駅は武田信玄ゆかりの地でもあり、史跡もそこここに残ります。騎馬軍団が闊歩した八ヶ岳山麓を貫く戦国の道・信玄棒道を歩くはこちらhttps://wakuwakutrip.com/archives/16212
国定公園・八ヶ岳の入口でもある甲斐小泉駅を過ぎると山里風情はまっきり減り、鬱蒼とした緑の中を煙を吐き、汽笛を鳴らしてくねくねと進んでいきます。小海線唯一のトンネルを抜けると、谷間に差し掛かる。真下にはせせらぎが流れ、目を凝らせばその先左側には木々の間に岩肌を滑り落ちる吐竜の滝が白い飛沫を上げています。やがて緑に埋もれるように小粋な別荘が見えだすと清里です。吐竜の滝へは途中まで車やバスで行けます。 八ヶ岳の清泉と渓谷美を歩く山梨県清里「川俣川東沢渓谷」はこちらhttps://wakuwakutrip.com/archives/8986
清里駅を出た列車は33‰の勾配をひたすら登る。清里から野辺山までの一区間だけ車窓を楽しむツアーのあるぐらい目は車窓にくぎ付けです。まず姿を現したのは右手の山々。青い山並みが幾重にも連なって現れます。山が手前の木々にかき消されると、列車は右手へと回り込み、木立やせせらぎを越え、くねくねと山の中を走っていきます。そして列車は、県境を越えて長野県に入ったところでHIGH RAIL1375の数字の由来になっている茶色の標柱に差し掛かる。書かれているのは、「JR鉄道最高地 標高1375m」。第3甲州街道踏切脇の標柱を抜けると一気に視界が開け、空が近い。
列車の名前にもなっている標高1375mのJR鉄道最高地点の標柱。このJR鉄道最高地点を通ることが、この鉄道が「空に一番近い」高原鉄道と称される所以です。傍らには、八ヶ岳の雄姿を背景に旅の安全を祈願する鉄道神社があります。ご神体は当時小海線を走っていたSL機関車「C56」の前輪で、鉄道会社の就職祈願に訪れる人も多いです。そして線路を挟んで反対側には「幸せの鐘」が建っています。どちらも車窓から眺めることができますが、清里駅を出てしばらく進み、視界が開けると野辺山高原ですが、すぐに通過するので見落とさないようにしましょう。
さらに野辺山方面に走ると、高原野菜の畑が広がり、その真ん中では野辺山のランドマークとなっている日本の電波天文学の“聖地”国立天文台「野辺山宇宙電波観測所」の白い巨大なアンテナが天を仰いでいます。その彼方には、男山や天狗岳がでんと構えています。紅葉広がる八ヶ岳や雪景色の広がる野辺山高原の中で宇宙からの微弱な電波をとらえる大小のパラボラアンテナが並ぶ姿は壮観です。世界中の天文学者がこの観測所で得られたデータを用いて研究を行っています。車窓からも世界最大級&国内最大の直径45mの電波望遠鏡を見ることができますよ。
列車は野辺山駅に到着。標高1345mと、JR一、標高の高い所に建つ駅舎です。とんがり帽子を被ったような駅舎は高原の駅らしくどこか欧風の匂いも放つレトロな雰囲気。八ヶ岳の山裾にすっぽり収まった野辺山高原を少し眺めていくのもよし、野辺山駅を出て、高原の空気を体いっぱい吸い込むのもまた楽しです。
駅前にはさすがに土産物店や住宅が建ち並んでいるものの、駅前には広々とした銀河公園、少し歩けば野辺山らしい高原の景色が広がっています。夏になればだだっ広い高原にはレタスや白菜、大根、キャベツなど、旬の高原野菜がびっしりと並び、畑の中でポツンと立つヤマナシの樹が絵画のような美しさです。その果てにはいつも悠然とした八ヶ岳の山並みが天に向かってそびえ立つ。
当時の小海線で活躍していたSL蒸気機関車が、小海線沿線の小諸市(懐古園)、佐久市(旧中込小学校跡)、南牧村、北杜市(清里駅)の4ヵ所に展示されていて、各地で小海線の当時を物語るシンボリックなスポットになっています。南牧村のSLは野辺山駅前の銀河公園に展示されています。昭和40年代後半まで高原野菜を積んで走って「高原のポニー」と呼ばれたC56形蒸気機関車は、屋根に覆われて保存状態もよく、子どもたちに人気ですよ。
列車はここより、エンジンを切って信濃川上へと一気に山を滑り下り川上村の野菜畑の中を走る。信濃川上駅と小海駅の間、千曲川と遭遇します。新潟県に入ると信濃川と名を変える日本一長い川で、その源流がここ川上村にあるという。千曲川に寄り沿い右に左に入れ替わりながら千曲川の谷を走る。この先、山の中なのに佐久海の口、海尻、小海と「海」のつく駅名が続く。これはかつて八ヶ岳からの堆積物で千曲川に多くの湖が誕生し、それを海と呼んだ名残だといいます。
佐久海ノ口で下車し、徒歩5分の和泉館で日帰り入浴も楽しめます。ナトリウム・マグネシウムー炭酸水素塩・塩化物泉のにごり湯で源泉は35℃とぬるめ。駅に戻り、無人のホームで夕涼みすれば、やがて汽笛が聞こえ、ライトの明かりが見えてきます。
壮大な千曲川の車窓の旅を楽しんだあと、佐久平と呼ばれる盆地に入ると街並みも現れ正面に浅間山も姿を見せます。変化に富んだ小海線の旅も終点小諸駅でフィナーレとなります。
10月~11月土日の小淵沢駅18:12発、12月~3月土日の小淵沢駅17:09発の列車は、高原鉄道の夜を走る星空列車「HIGH RAIL 星空」となります。野辺山駅の停車時間中に、小海線沿線の星空案内人による星空観察会を行っています。星空観察会は、参加は自由ですが乗車員全員参加できますよ。
17:09に小淵沢を出発した列車は途中時間調整をしながら野辺山駅に18:03に到着します。野辺山駅で1時間以上停車し、星空観察会を開催します。屋外で実際に星空を観察することで、季節の星座や星の見つけ方など、星に関する知識を深められると好評です。季節ごとに変わる星座を見たいと、リピーターも多いといいます。日本一星空に近いJR鉄道の最高駅「野辺山駅」の標高は1345.67m。標柱が建っています。澄んだ空気と余計な光の少ない野辺山高原は、沖縄県石垣島、岡山県井原市とともに“日本三選星名所”に選ばれていて、星空観察には最高のロケーションです。
「HIGH RAIL 星空」では、野辺山駅での星空観察会をより楽しむための星空上映会を、2号車にある「ギャラリーHIGH RAIL」のカーテンで仕切られた空間で行っています。プラネタリウムに映しだされた季節の星座を星空案内人がレクチャーしてくれますので、良く聞いて役立てましょう。ド-ムに星座が投影されると、列車のなかとは思えない幻想的な雰囲気の包まれます。
星空上映会は、小淵沢駅~野辺山駅間での上映会となり、乗客は10人ずつ5部に分かれて参加します。乗車時に配布される整理券が必要ですので受け取ったら、自分の参加する回の確認をしましょう。全ての部が野辺山駅での観賞会前に終わるのでどの部になっても差はありません。
星空観察のために約30分間消灯された駅前の銀河公園から星空を眺めれば、宇宙との一体感を味わえ、月灯りがなければ流れ星が肉眼で見つかりますよ。冬にはマイナス25度まで冷え込むといわれる所なので暖かい服装は必需です。因みに改札口の天井をフラッシュ撮影すると、野辺山から見た星空が浮かび上がります。
野辺山駅での停車中に辺りが完全に暗くなり、ここから列車は闇夜を走り20:14小諸駅に到着し、今回の小海線「HIGH RAIL 星空」の旅も終了です。