全国屈指の湯量豊富な上諏訪温泉と、宿場の歴史を色濃く残す下諏訪温泉。諏訪湖畔は風光明媚な観光スポットだけでなく、日本最古の神社と言われる諏訪大社をはじめ歴史浪漫溢れる史跡も数多い。観光地としても人気が高く、注目される信州「諏訪」には実はほかにもおすすめの楽しみ方があります。諏訪と言えば酒蔵。霧ヶ峰からの清冽な湧水と冬の厳しい寒さという日本酒造りに最適な環境のもと造り出される味わい深いこだわりの酒が造り出される。JR上諏訪駅からほど近い国道20号(甲州街道)沿いには5軒の酒蔵があり、しかもそれぞれの蔵は五分圏内。また下諏訪大社通り沿いには下諏訪諏訪唯一の酒蔵菱友酒造があります。観光名所とは一味違った「諏訪」を楽しむことのできる代表的スポットの酒蔵は訪れる価値大。そんな各蔵こだわりの美酒たちを味わいに出かけたいものです。
上諏訪駅からほど近い400mあまりの区間に建つ5軒の酒蔵が並ぶ上諏訪街道。諏訪盆地特有の寒さ厳しい冬の気候と霧ケ峰山麓からの伏水流を利用して醸されてきた美酒は、この地方を代表する地の味覚のひとつです。ちょうどこの時期はどの蔵も仕込みがほぼ終わり、いよいよ新酒を世に送り出し始める。各地の酒蔵で試飲会が開かれるように、諏訪の酒蔵では「上諏訪街道呑み歩き」という酒蔵巡りイベントが3月末には催されます。イベント時期でなくても「いつでもごくらく酒蔵めぐり」もあるので安心してください。
が、諏訪で半生を過ごした松平忠輝公(徳川家康の六男)が常に座右に置き愛飲したとか、赤穂浪士の大高源吾が喉越しを絶賛したなど、江戸時代の逸話として伝わるほど美味なる酒として名高かったといいます。創業時から食中酒として好まれる酒を作り続けていて、その酒質は、ほんのりと甘めで喉を通った時にスーッと流れていくキレのよさも備えた美酒です。
上諏訪街道沿いで駅から一番遠いところにある最初の酒蔵が、寛文2年(1662)創業で高島藩の御用酒屋を勤めていた老舗酒蔵「宮坂醸造」です。昭和21年(1946)、酒造りに一大革新をもたらし、全国約7割の酒蔵が使用している「協会七号酵母」の発祥蔵で、江戸後期から使い始めた酒銘の「真澄」は、諏訪大社上社の宝物「真澄の鏡」からいただいています。諏訪で半生を過ごした松平忠輝公(徳川家康の六男)が座右に置いたとか、赤穂浪士の大高源吾が喉越しを絶賛したなど、江戸時代の逸話として伝わっています。伝統の技と品質追求によって生み出された真澄は食通として名高い開高健氏も愛飲したという実力派で、近年においては数々の品評会でも入賞の実績を重ねています。
味を確かめたいなら蔵元の建物を使った海外でも注目を集める宮坂醸造のアンテナショップ「Cella MASUMI」へ。いつでも試飲用のグラス320円を購入すれば月替わりで大吟醸から生原酒、リキュールまで5~6種類のお酒を唎き酒できます。さすがは世界の真澄、お洒落な和の空間で、作家物の酒器やセンスのいいオリジナル商品も揃っています。
次は50m程隣の「伊藤酒造」へ。諏訪湖の東岸一帯に開けた上諏訪温泉の熱を利用した麹づくりをしている全国でも珍しい、昭和28(1953)年創業の酒蔵です。平家物語にある、平重盛に仕える若武者齋藤滝口時頼と建礼門院の女官「横笛」との悲恋物語を耳にした信仰心深かった初代当主が、「横笛」の名を後世に残すと同時に末長く菩薩を弔うことも含め、『大銘酒 横笛』と命名し醸造することとしました。又、この悲恋物語を初代当主より耳にされた故伊東深水画伯は当蔵の為に「紅梅の図」を図柄に描いて下さっているとのことです。
「横笛」は辛口をうたっていますが飲み口は甘く、その後に続く酸と一瞬感じるドライなキレがあります。霧ヶ峰の伏流水で醸す数々の酒は、その名の通りたおやかな女性を思わせる上品な香りが特徴です。量より質を重んじる姿勢は創業以来そのままです。
「横笛のお墓」と伝えられるお墓が和歌山県かつらぎ町天野(あまの)にあります。ここで横笛は鶯に化身をして、齋藤滝口時頼に思いを伝えるのです。高野山の清浄心院谷の入り口にあった大円院(もと多聞院と言った)で修行していた滝口入道は、やがて高野山大円院第八世代住職となり阿浄と称しておりました。春うららかなある日、大円院の部屋から外を眺めていた阿浄が庭先の古梅の枝の一羽の鶯に気付きました。鶯は鳴きながら、阿浄をじっと見つめていたそうです。いぶかしげに窓から身をのりだした瞬間、鶯はぱっと空へ舞い上がった、と見る間もなく二、三度弱々しく羽ばたいたかと思うとすーっと井戸へ落ちていきました。「横笛!」青ざめて阿浄は井戸へ駆け寄りました。幻影であったのか?羽ばたいた鶯の後ろの空のちぎれ雲は、丁度横笛の舞衣の様で、崩れ落ちる鶯が、病み衰えた横笛に見えたのである。
阿浄は、井戸から鶯をすくい上げ、その亡骸を胎内に収めて阿弥陀如来像を彫ったのだそうで、この像は鶯阿弥陀如来像として大円院の本尊となり、現代に至るまで伝えられていて、大円院では、梅の木を鶯梅(おうばい)、井戸を鶯井(うぐいすい)と呼んで、今でも大切に手入れがされているとのこと。
「伊藤酒造」の向かいに小さな蔵があります。5軒の酒蔵の中で真澄の宮坂醸造の次に歴史がある、創業宝暦6年(1756)の家族中心の酒蔵「酒ぬのや本金酒造」は、創業者である宮坂伊三郎が酒株を譲り受け酒造業をはじめたのがはじまりです。屋号は志茂布屋(しもぬのや)といい当時、上諏訪町には13軒の造り酒屋があり、その内の1軒でしたが明治、大正、昭和と激動の中、屋号も志茂布屋から現在の酒布屋に改めています。古い看板が、歴史の深さと酒造りに寄せる熱意の深さを思わせます。銘酒「本金」の文字には「本当の一番(金)の酒を醸す」という想いが込められています。また、左右対称の2文字から、「裏表のない商売」という意味もあるとのことで、その名前通り、左右表裏のない素朴で喉奥に染み通るような味わいが魅力です。
水は敷地内に湧き出る霧ヶ峰の伏流水。水の神様の名前を冠した大吟醸「石尊」は、水へのこだわりが生きた淡麗な酒。社氏自らの名を冠した自信作の辛口の本醸造「太一」は、ただ辛いだけでなく、甘辛酸といった酒質のバランスがとれた幅のあるお酒で、飲むと、ほっとできてどこか懐かしさを感じるお酒です。キリッと冷やでいきたいものです。
隣が今を遡ること二百数十余年、寛政元年(1789)に諏訪の地に創業した「麗人酒造」です。蔵内には、酒の神・京都・松尾大社の銘と年号が記された大黒柱が残されています。麗人酒造の所在する諏訪盆地は、フォッサマグナ(中央大地溝帯)の上に所在し、諏訪湖、上諏訪温泉等に恵まれた風光明媚な高原(海抜759メートル)で、諏訪盆地一帯の大地溝帯には、霧ヶ峰高原(海抜約1900m)に降り注いだ雨が、非常に長い時間をかけて地中で浄化された水が、伏流水となって流れ込んでいます。麗人の蔵の中の井戸には、その伏流水が、毎分150リットルあまり、止むことなく涌き出ているのです。この井戸の水は、仕込みから製品になるまでの間に大量の水を必要とする日本酒造りの源として、創業より大切に受け継がれているとのこと。一般に、軟水は硬水に比べて酒の発酵を和らげると言われ、麗人のお酒がまろやかな喉ごし、芳醇な香りとコクを持つのは、この水の特性を熟知した杜氏や蔵人の技によって生まれてくるからなのかもしれません。試飲はお店の人に遠慮することなく、自由に冷蔵庫からお酒を取り出して飲めますよ。
また麗人酒造は、自社の井戸水である「軟水」に、当地に豊富に湧き出るミネラルの豊富な「上諏訪温泉」をブレンドし、「諏訪浪漫麦酒」というキレのある旨いビールを醸しています。
最後に5軒の酒蔵でJR上諏訪駅に一番近い場所に位置するのが「舞姫酒造」です。明治27(1894)年、初代当主土橋四郎(隠居名は亀仙)が同地区内にあった味噌・醤油の醸造元である亀源醸造から分家し、亀泉酒造店として酒造りを始め、大正元(1912)年大正天皇即位の際に、酒を献上し、「桜楓正宗」から「舞姫」へ銘柄を改名されたといわれます。霧ヶ峰高原を源とする清冽なる伏流水と山田錦、美山錦をはじめとする酒造好適米を使用し、甘・酸・渋・辛・苦の五味が程よく調和した酒造りで評判が高い。ちなみに、初代当主の隠居名である「亀仙」の銘柄も商品にあります。平成11(1999)年自社酵母(アルプス酵母)を使った新ブランド「翠露」(すいろ)をリリースし、酒米に「雄町」と「美山錦」を使い、味や香りが異なる限定酒を発売しています。翠露は生酒を主力としているので、冷蔵管理された酒販店しか卸されていません。
昭和25年、朝日新聞に小説「舞姫」を連載していたのを3代目当主が知り、親しみを覚えて川端康成に酒を贈呈し、そのお礼として礼状が届けられたのです。川端康成の書いた「舞姫」の文字は、限定酒・純米吟醸のラベルとなって今に甦っています。また酒蔵の隣にあるアンテナショップ「酒の蔵まいひめ」は、常時約10種類以上のブランド酒を展示、そのすべてを試飲できので、日本酒党はぜひ寄りたいショップです。
上諏訪駅の隣駅・下諏訪駅から大社通りを歩くと、大正元年(1912)に下諏訪町で創業した下諏訪唯一の造り酒屋「菱友醸造」があります。菱友醸造は町内を流れる東俣川の上流、和田峠の黒曜石採掘場からこんこんと湧き出る「黒曜水」を仕込みに使用。黒曜石に磨かれ、粒子の細かくなった清水はアルコールとよく融合し、ふくよかで香り豊かな酒を醸すのだといいます。麹米もすべて手洗いし、吸水率を調整するというこだわりよう。
代表的な銘柄「御湖鶴(ミコツル)」は、初代創業者がある夜諏訪湖に飛来し一服の安らぎをとる鶴の華麗さを夢に見て命名したいう。手作りのこだわる杜氏や蔵人の意気込みが伝わる“透明感のある酸味”をコンセプトにした清冽な味わいを下諏訪の地で是非味わってみてください。蔵元内にあるBARカウンターでは、気軽に試飲できますよ。
甲州街道のわずか500mの間に5軒の酒蔵が立ち並ぶ全国的にも珍しい酒の街で行われている上諏訪街道呑みあるきは、各蔵元が丹精込めた美酒を楽しみながら、諏訪の歴史ある街並みのそぞろ歩きを楽しんでいただきたいと1998年から秋(10月)と春(3月)の年2回開催されています。お猪口付きのパスポートを買って、あちらの蔵、こちらの蔵と巡ってみてください。試飲だけでなく各蔵おつまみを用意したり、地場産品ブースも出店するので楽しいこと間違いありません。秋は涼しい風にほろ酔い加減がなんとも言えなく、春の呑み歩きはほんのり暖かいです。JR松本駅からは臨時列車「ほろ酔い上諏訪街道号」が運行されますので利用されてみてはいかがでしょうか。
また呑みあるき以外の日でも酒蔵めぐりができる「いつでもごくらく酒蔵めぐり」が2014年からスタートしています。参加者は蔵元でクーポンを購入し、スタンプラリー形式で各蔵元を巡り、それぞれオリジナルのお猪口やグラスがもらえ、試飲が楽しめます。五蔵すべてのスタンプが集まったらプレゼントに応募してみてください。