信州湯けぶりの町・湯田中に小林一茶の足跡を辿る秋色散歩

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湯田中温泉の開湯はおよそ1300年前に遡る7世紀、天智天皇の時代に僧・智由によって発見されたといわれる長寿の湯として知られ、点在する神社・仏閣にその名残があります。江戸時代には松代藩真田氏の領地だったという湯田中温泉には、温泉好きの代々の藩主がたびたび来湯したという記録も残ります。また北国街道の発展とともに、善光寺詣での後の精進落としの湯としても名を馳せたといいます。

かつての湯田中温泉は今よりもずっと歓楽的な温泉街の様相でした。そして明治以降、交通網が発達していくと湯治客は増え、昭和2年(1927)に長野電鉄が開通すると、善光寺講の人たちはもとより、さらに広範囲の客で賑わいました。今は町を歩くと歓楽温泉地だったとは思えないほど、穏やかな雰囲気になり、かつての賑わいはみられません。

一方素朴な温泉情緒漂う「湯田中温泉」は、身近な風物を詠んだ作風で、多くの日本人に親しまれる信州信濃町柏原出身の江戸三大俳人の一人、小林一茶(1763~1827)ゆかりの土地です。晩年は江戸から故郷に戻り、近隣各地を巡って門人たちに俳句を指導しました。江戸への行き来では湯田中から渋峠を越えて上州へ抜ける草津道を利用していたといい、その道中で湯田中温泉に入ったといわれています。また湯田中の旅館「湯本」の当主、湯本希杖・基秋親子は共に優れた一茶の門弟であり、かつ有力な後援者であった関係上、一茶を離れに迎え篤くもてなしました。一茶も湯田中を愛し、他界する65才までの15年間しばしば湯田中に湯治に訪れています。

そんな湯田中温泉街を見下ろす裏山の高台に続く、約2kmにおよぶ一茶を偲んでつくられた遊歩道「一茶の散歩道」があります。「そば時や 月の信濃の 善光寺」をはじめ、一茶の句がしたためられた25の立て看板が立ち並び、湯田中と一茶の関わりを偲びながら歩ける遊歩道です。腐葉土の道や木の階段が歩きやすく整備され、ちょっとしたトレッキング気分が楽しめます。

長野駅から長野電鉄で終点・湯田中駅を目指し、湯田中駅裏手からかえで通りを歩きます。映画にでてきそうな木造の旧駅舎残り、その隣には日帰り入浴施設「楓の湯」があり、地元の人にも人気です。

散歩道は湯宮神社から出発します。この地は古来、神の御座所(磐座)として崇拝の場でした。里に湯泉を拓き、温泉をもって民の疾病を癒せしと伝えられる湯神大巳貴神(大国主神)を湯の里の産土神として宮とその所在地を湯宮と称したとあります。

湯宮神社の横手から動き岩参道を登ると「動き岩」があります。立大岩の夫婦岩は大巳貴神と須勢理比売命、隣に立つ烏帽子岩は事代主命、南に突き出す蟇岩は少彦名神で、この蟇岩を御神力により一点を指で押すと動くと古くから伝えられ動き岩の愛称で親しまれています。

一茶の散歩道の出発地点の座主神社まで下りてここから約世界平和大観音までの約2kmを一茶の句碑を味わいながら歩きます。平成10年(1998)に再建された座主神社は室町時代よりも前から鎮座されていて安産・子育て子授けの神とされる石仏を祀っています。傍らの切株は「雨含(うがん)の松」といい、樹齢300年、樹高約20m、幹周り4.13mのアカマツでした。「雨含」74の名前は、松葉が笠のように広がっていることからで、昔はこの木の下で雨宿りができたのかもしれません。枯死し、2011年11月29日に伐採されました。

最初の句「寝返りをするぞそこのけきりぎりす(文化13年一茶54才)」があり、さらに「湯上りや裸足でしどろ雪の上」の句碑を見て丘を登ります。

一茶を顕彰するために建てられた「一茶堂」が見えてきます。瓦葺の小さな庵が、一茶の座像に見守られながら、静かに佇んでいます。

この一茶堂は昭和31年(一茶没後130年)小林一茶顕彰にため建立されたものです。

一茶堂の傍らには一茶句碑「松の蝉どこ迄鳴いて昼になる(文政2年)」があり、ここ一茶堂の情景にぴったりの句です。

ここから平和観音までゆっくり歩いて15分の標札には「雀の子そこのけそこのけお馬が通る(文政2年一茶57才)」の句が書かれています。

さらに進むと東屋があり、一茶句碑「夕立の裸湯うめて通りけり(文政5年)」とあり、江戸時代、文化文政年間の湯田中はその名の通り田の中から湯が湧き出たと言い、眼下にひろがる星川に、ふくふくと湧き出る温泉があり、裸湯(露天風呂)があったといいます。この作品からも、山あいの湯の町滞在を楽しんだ心情がうかがえます。

この散歩道には、一茶の句碑が点在していて、おなじみの句「春風や牛に引かれて善光寺(文化6年)」等に混じり、湯田中にちなんだ作品も紹介されています。

40分ほどの散歩道は、高さ25m、重量22t総青銅製の平和観音がゴールとなります。台座内部の三十三番札所めぐりもできます。

ここ平和の丘公園には、この幸運で延命・平和なくらしをもたらす「世界平和聖観世音菩薩」以外にも、山側250m上ったところに地震を除け災いの無いくらしをもたらす「弥勒石仏」があります。本像は平安時代後期の大治5年、安應聖人によって造立された石仏で、造像の様式もよく藤原後期の作風をのこしています。温泉鎮護のために下半身は地中に埋もれています。

反対に180mくだったところにある、タバコも絶て健康なくらしをもたらす「延命煙草地蔵」があります。健康的にタバコを楽しみたい愛煙家や禁煙の願掛けなどにタバコを供えるのといいらしい。

この三体を巡り、仕上げに平和観音境内の鐘を突けば願いが叶い、幸せになれると言われています。

温泉街に戻る途中にあるのが「びんしゃん湯けぶり地蔵尊」で有名な「慈救山 梅翁寺」。寛保中(1741~1743)僧 実源により建立された古刹。延宝6年(1678)松代三代藩主、真田幸道公の母君が境内の湯口から湧き出る温泉を樽につめ、松代まで八里の道を運ばせたという記録が残されています。境内前には一茶句碑「子ども等が雪喰いながら湯治哉」と文政5年“温泉の記”の中で貧しき村でも湯のあるところの子は元気に育つという当地の状況を詠んでいます。

湯田中温泉は源湯は浅く昔は地表にたえずフクフクとして温泉が湧き出ていたと言われ、梅翁寺境内には今も当時からの源泉があり、福々と湯が湧いています。この温泉は「養遐齢」と名付けられ、意味は長命、長寿で健康で長生きできる、霊験あらたかな温泉ということです。これにちなんで平成22年、前庭の一隅に身の丈三尺三寸(1m)ほどの足湯につかるお地蔵さんが建立されました。足湯に浸かった左足から温泉の霊力と効用を身体いっぱいに満たしていることから、このお力をいただくために、湯をかけるのではなく、お地蔵さんのお身体に触れる必要があります。

作法は①左手に手ぬぐいを持ち、柄杓で湯をかける。(湯鉢の温泉は源泉掛け流しで高温60度のため)②手ぬぐいで、お地蔵さんをなでる。肩や腰など願を込め、繰り返しさすることで、温泉のもつ効用が伝わってピンピン・シャンシャンになれるという言い伝えのあるかわいらしいお顔の「ピンピンシャンシャン湯けぶり地蔵尊(延命地蔵菩薩)」です。

海翁寺の角を曲がると門弟の当主が一茶を篤くもてなした旅館「湯本」があります。

その向かいに「湯田中大湯」があります。湯田中温泉の共同浴場・大湯は、かつて共同浴場番付で西の道後、東の湯田中と称される名湯で、明治19年(1886)11月木造の立派な大湯が落成し、その折に陸軍軍医総監・松本順が揮毫したものが、頭上のひときわ大きな額に書かれた養遐齢」の文字です。現在の建物は二代目になります。落ち着いた雰囲気で、無色透明のクセのない大湯は、ナトリウム-塩化物泉・硫酸塩泉で熱いお湯です。

大湯の前には「雪ちるや わき捨ててある 湯のけぶり」と一茶が詠んだ句碑があり、一茶も驚いたほどの豊富な湯量今も変わらず湯煙りをあげています。

外湯の共同浴場である鷺の湯の脇にも三弦の ばちで掃きやる 霰哉」と一茶の句碑があり、当時湯女をかかえた旅籠もあって三絃の音が聞こえる桃源郷の様子を“温泉の記”の中で詠んでいます。「子どもらが 雪喰いながら 湯治哉」ともどもこの町の風情が与えた句作への影響に思いを馳せることができます。

近年この湯田中温泉で「WAKUWAKUやまのうち」という観光まちづくりが展開されています。駅前から延びるかえで通りの空き店舗や廃業旅館をリノベーションして、メーンストリートのにぎわいづくりに取り組んでいます。旧洋品店はやまのうちカフェchamiseに、明治建築の旧精肉店はHAKKOというビアレストランに、廃業旅館はAIBIYAとゲストハウスZEN というホステルに生まれ変わりました。ZEN Hostelは2011年に閉館した老舗旅館「わしの湯」を改装し、趣のある佇まいそのままに、館内は和風な雰囲気の中にモダンな印象が漂うゆったりと落ち着いく空間です。

かえで通りに面した2階建ての和風旅館「加命の湯」も休業状態だった温泉旅館を老舗のよろづや旅館が再生し、リニューアルオープンしました。一泊朝食をを基本として泊食分離を推し進めています。

歩いたので最後は疲れを癒す温泉です。その名も「一茶のこみち 美湯の宿」。今回の一茶の散歩道のしめくくりに相応しい温泉宿です。

三つの源泉からお湯を浴用として使っているかけ流し100%の天然温泉で、泉質は肌触りのやさしい透明な弱アルカリ性単純温泉です。壁を岩で飾った内風呂の大浴場は全てジャグジーになっています。これは直接体に当ててマッサージ効果があるだけでなく、草津温泉などで行われる「湯もみ」と同じお湯をやわらかくする意味もあります。

ヒノキの小ぶりな露天風呂に浸かり「大の字に 寝て見たりけり 雲の峰」と一茶も詠んでいるように、体を大の字になって湯船に浸かれば大自然の中に身をゆだねたかのような心地です。

 

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