一畑電車で行く神話の国出雲での美保神社と出雲大社の両参り

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神々の物語が紡がれる地・島根県出雲地方。「神々のふるさと」と呼ばれ、海岸や静かな街並みの中に、古事記や日本書紀に描かれた神話の痕跡が息づき、古代の出雲が日本の中で特別な存在であったことがうかがわせる。かつて素戔嗚尊の子孫とされる大国主大神が国造りを行い、この地を治めていたといい、国譲り神話により大国主大神は「縁結び」の神様となる。旅は人や土地と新しい縁を結ぶ道。太古と現在、天と地を結ぶ壮大なるドラマの舞台を旅します。

出雲大社のだいこく様と美保神社のえびす様は親子の関係。両参りして、いっそうのご利益を授かりたいと先ずは美保神社を目指します。古くは「聖なる岬」を意味する御大之御前(みほのみさき)と呼ばれていた美保関。そのほぼ中央に鎮座する美保神社に祀られているのが、『古事記』などに記される出雲の国譲りの立役者・事代主神です。神話では、大国主神が息子事代主神に使者を送り、その是非を諮ります。舞台となった地が、島根半島の東端、日本海、美保湾、中海に囲まれた小さな港町・美保関です。「国引き」「国造り」「国譲り」の三大出雲神話に登場する唯一の地でもあり、社祠が湾内のいたるところに点在し、町全体がパワースポットとおわれます。

事代主神は別名えびす様、戦を避け、国譲りを進言された平和な神様です。一般的には、海を守り繁栄をもたらすえびす神として親しまれています。港から鳥居をくぐり、事代主神の神が祀られる全国各地にある「えびす社」3385社の総本宮「美保神社」へ。

神門の先に佇む神さびた木造の拝殿は、雄大ながらもどこか素朴さも感じられます。

檜造りの拝殿は、明治神宮などを手掛けた伊藤忠太が設計。船庫を模した独特な造りで、壁がなく、梁がむき出しの上、天井がないのが特徴です。その奥が本殿となっていて、向かって左に事代主神(えびす様)、右にその后神・三穂津姫命が祀られています。大社造の二殿の間を「装束の間」でつないだ特殊な形式で、美保造または比翼大社造と呼ばれています。

古くはたたら製鉄による鉄の輸出港や、北前船の寄港地として栄えた美保関の美保神社から佛谷寺まで続く約250mのメインストリート「青石畳通り」は、江戸時代に造られた美保神社への参拝道。北前船で栄えた江戸~明治期の面影を色濃く残し、廻船問屋が積荷を運びやすいよう、近海から切り出した青石が敷き詰められています。敷き詰められた石が雨に濡れると、淡い青色になり、古い街並みと調和し、風情ある風景を造りだしています。

青石通りに面し、明治41年(1908)築の姿を今に伝える「美保館」は、高浜虚子や島崎藤村など多くの文人墨客に愛された文化財の宿です。本館と別邸はなれは国の登録有形文化財。

町内の各所に美保神社の末社や摂社があり、神話に登場する神々のほぼすべてが祀られているといいます。

さらに東に車を走らせると島根半島最東端の地蔵崎に立ち西端の出雲日御碕灯台と対をなす石造りの灯台「美保関灯台」があります。

明治31年(1898)建造の山陰最古の白亜の洋式灯台で、海抜73mの高台に立つ高さ14mの灯台です。日本の灯台50選に選ばれるだけでなく、世界歴史的灯台百選にも選ばれています。2017年4月22日NIKKEIプラス1「灯台 絶景にそびえ立つ」で第7位にランクインしています。

明治時代の灯台官舎を改装したカフェが「美保関灯台ビュッフェ」です。海側に大きく窓をとり、海を展望する絶好のロケーションです。

灯台近くには、事代主神(えびす様)が鯛釣りを楽しんだという聖地があります。日本の文献上、最初に魚釣りをされたのがえびす様です。

島根半島の東端が美保神社ならば西端に鎮まるのが日御碕神社です。

一畑電車フリー乗車券(1500円)で「出雲大社」に向かいます。出雲神話ゆかりの古社の中でもひときわの存在感を放つ、縁結びでもっとも有名な神社「出雲大社」に新天皇即位の令和元年(2019)5月1日に参拝することになろうとは縁起が良い。車ではなくホテルでいただいた「一畑電車フリー乗車券」を使って行動します。

朝食をすませ。足早に7:23松江しんじ湖温泉駅発に乗車します。その駅名とおり、周辺には温泉宿が多くあり、旅の拠点にもふさわしい。ここから列車に乗り込み、途中「川跡駅」で大社線に乗り換え、終点「出雲大社前駅」を目指します。

一畑電車は松江と出雲大社を約1時間で結ぶ山陰唯一のローカル私鉄で、通いう称「ばたでん」と呼ばれています。2010年公開映画『RAILWAYS  49歳で電車の運転士になった男の物語』で主人公・筒井肇(中井貴一)が50歳を目前にしながら子どもの頃からの「一畑電車に運転士になる」という夢に挑戦する物語の舞台になった電車です。行きの車両は元東急電鉄の1000系で平成25年(2013)まで東横線と東京メトロ日比谷線の直通運転で活躍していた列車です。運行開始にあたってオレンジに白帯のカラーにラッピングされています。

川跡駅で北松江線から大社線に乗り換えると、乗車車両は「しまねの木」号になりました。元京王電鉄5000系の車両「出雲大社号」の内装を平成26年(2014)に島根県産の木材を使用した車両に改装された車両です。

木製のパーティションが設けられ、プライベートな空間が確保されていて、友人、夫婦、恋人同士には最適です。荷物置きも確保されています。おひとり様はこれから行く出雲大社でご縁を結んでからまた乗車しましょう。

出雲大社のお膝元にある一畑電車の終着駅「出雲大社前駅」はレトロモダンな西洋建築の駅舎で、緑の石州瓦が葺かれた半円形の屋根が目を引きます。アーチ状の天井やアールデコ調の装飾を取り入れ、昭和5年(1930)に建てられました。有形文化財に登録されています。映画では、主人公が初めて運転した電車の切符を記念にもらったり、酔っ払いを介抱したりするシーンが撮影されました。

出雲大社前駅から徒歩10分ほどのところにまずは神々をお迎えする地、稲佐の浜へ。「日本の渚百選」に選ばれる弁天島を背景に美しい海が広がる景勝地は、国譲り神話の舞台としても知られています。『古事記』には「伊那佐の小浜」と書かれ、国譲りの神話で天照大御神が派遣した神が降り立ったとされる地で、国を譲るのに否か然か?と問うたことが地名の由来という説があります。ここで稲佐の浜の砂をビニール袋に詰めておきます。

大国主命は自分が作った豊かな現実の世界である「顕世」を天照大御神に譲る代わりに、農作物の出来や、縁結びなどの目に見えない世界「幽世」を治めることになりました。そして天照大御神に、天にも届くような立派な宮殿を建ててもらいます。これが出雲大社創建の創建といわれています。

神話をふまえ、いよいよ「出雲大社」へ。正式には「いずもおおやしろ」と呼ばれます。祀られているのは、出雲を含む葦原中国をつくり、その国を天照大御神に譲った大国主大神、須佐之男命の子で因幡の白兎の神話でも知られる慈悲深い神様であり、別名大黒様です。国譲りの際に造営された天日隅宮が起源とされ、創建は『日本書記』によると斉明天皇5年(659)とされます。五穀豊穣、健康、縁結びなどのご神徳で知られます。

出雲大社には南北一直線の参道に合計4つの鳥居が並びます。神門通り南端、道路を跨ぐ一の鳥居“石鳥居”は高さ23mあります。石鳥居から八雲山を背景に佇むの勢溜の鳥居まで、南北500mあまりにわたって続く通りが門前のメインストリートで、出雲大社第80代宮司・千家尊福公より「神門通り」と命名されました。

一の鳥居はコンクリート、二の鳥居は木、三の鳥居が鉄で四の鳥居が銅でできていて、素材が異なることに意味はないとのことですが、4つすべてくぐって“しあわせ”という話もあります。なかでも参拝の表玄関とも言えるのが、境内南端に位置する二の鳥居「勢溜の鳥居」です。

江戸時代に整備された広場「勢溜」の大鳥居は出雲大社の参道入口です。かつて大きな芝居小屋があり、人々の勢いが溜まる場所であったことが名前の由来です。シンボリックな木製の大鳥居が木々の緑に馴染んでいます。振り返れば一の鳥居や280本の松並木の門前町が見渡せます。

一礼して勢溜の鳥居をくぐり、境内に目を転じると、鬱蒼と茂る木々にはさまれ神社仏閣では珍しい下り参道が続きます。

ほどなくして右に現れるお社が日常の罪や穢れ清めてくれる祓戸神が祀られた「祓社」です。2礼4拍手後に手を合わせ、心に中で「はらえ給え、清め給え」と3回唱えてから1礼をします。ここで身をきれいにした上で拝殿への参拝に臨みます。

さらに坂を下り、御本殿背後の八雲川から流れる素鵞川をまたぐ祓橋を渡ると鉄の三の鳥居の先に松の参道が延びています。立派な松は、江戸時代初めに松江藩主・堀尾忠氏の奥方が、祈願成就のお礼として松の木1000本を奉納したことが始まりで、4列の新旧の松並木により3本の参道に仕切られています。真ん中は神様の通り道なので、鳥居をくぐった後は、清らかな気持ちで左側からお参りをします。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が、『知られざる日本の面影』で書かれているとおり、まさに神の国と感じられる場所です。

松の参道を抜けると左右に現れるのが、出雲神話にちなむ大国主神の像で、左に「因幡の白兎」に基づく“御慈愛の御神像

右に若き日の大国主神が荒波に乗ってきた「幸魂奇魂」から縁結びの力を得るシーンを描く“ムスビの御神像”があり、撮影スポットとしても人気です。これからお参りする御祭神の素顔に思いを馳せます。

手水舎で手と口を清めて、いよいよ荒垣内へ。最後の銅の鳥居をくぐるとすぐ向こうに拝殿と御本殿が威容を見せます。銅の四の鳥居の初代は毛利輝元が寄進し、現在の2代目は寛文6年(1666)にその孫毛利綱広が寄進しました。

 

 

 

 

 

大きな注連縄が張られた拝殿では、神様への感謝の気持ちをこめて二拝礼、四拍手、一拝礼で参拝します。火災により昭和34年に建て替えられています。

いよいよ大国主神のお住まいである本殿への参拝ということで八足門前から2礼4拍手1礼にて参ります。出雲大社は『古事記』に記される大国主神による国譲りの代償として造営された神殿とされています。大屋根に千木を掲げた本殿は、仰ぎ見るようなスケールで、現御本殿は高さは、千木の先端まで約24mと神社建築では最大ですが、平安時代、貴族の子供の教科書である『口遊』という書物には“雲太、和二、京三”と東大寺大仏殿や平安京の大極殿をしのぐ48mの高さがあったという記述されています。平成12年からの調査で、八足門前から宇豆柱が発掘され、実在したことが実証されました。宇豆柱とは、1本が直径1.35mの3本の太い杉柱を金輪で一本に束ねた直径約3mもの巨大な柱で、その柱9本で高層に立ち上げ、長さ1町(約109m)もの階段を設けた古代神殿でした。

 

八足門前には平成に発見された3本で1組となった宇豆柱の発掘跡の3っ丸の印が赤く床に描かれ、(けっしてミッキーマウスではありません)かつての古代神殿の巨大さがうかがえます。

大国主神は神殿奥、西側向きで鎮座されていて、瑞垣の外周を反時計に回り西側へ、神様に対面して参拝できます。

十九社は旧暦10月(神様が留守になるため「神無月」と呼ばれるが出雲では「神在月」という)、全国から集われた八百万の神々が宿所とされるところです。期間外は扉が閉まっていますが、遠方の神々を拝む遥拝所となっています。

大国主神と併せてお参りしたいのが、大国主神の親神にあたる須佐之男命を祀る「素鵞社」です。御本殿背後の小高い場所に鎮座し、まるで大国主神を見守るような姿です。

稲佐の浜の砂を軒下の箱におさめ、同量の砂を持ち帰って庭にまくと地固めになるとの信仰もあります。

また出雲大社の人気物といえば、境内のいたるところで目にするウサギの愛らしい石像。大国主神が傷ついたウサギを助けた神話にちなみますが、ポーズは様々で一番人気はハートを持ったウサギとか?

境内での参拝の締めくくりは、素鵞川を隔てた西側にそびえる出雲大社教の祭事や結婚式、祈祷が執り行われる「神楽殿」です。正面に架かる大注連縄は平成30年7月に架け替えられたもので、長さ13m、重さ約5.2t、拝殿の約2倍もあり、形は雲をかたどっていて張り方も一般的な神社とは逆向きです。これは伊勢神宮が日の昇る方向に対し、出雲大社は日が没する方向のため、あるいは現世に対する幽世を表すなどといった説があります。

最後まで神秘に包まれた出雲大社を後にして出雲大社前駅から一畑電車で次の駅「浜山公園北口」を目指します。乗った電車が、かわいいラッピングで包まれた「ご縁電車しまねっこ号」でした。実はこの2104Fは車体修繕で2019年5月12日で運行終了することが決まっています。平成25年(2013)に島根県がスポンサーになり「ご縁電車 しまねっこ号」としてラッピングを行いました。

車両外観、内装ともにピンクを基調にし、島根県観光キャラlクター「しまねっこ」をはじめ、島根にちなんだ8っのモチーフ「しめ縄・銅剣・銅鐸・水引・雲・勾玉・ウサギ・ハート」を描いています。

浜山公園北口から案内看板に従って歩くこと約10分のところにあるのが「島根ワイナリー」です。ワインの醸造工程の見学が出来る他ワインの試飲が無料で楽しめます。

しかしおいしいワインを試飲するなら「バッカス」での有料試飲です。特にプレミアムシリーズに「横田」は中国山地の奥出雲町(旧横田町)の自社農園「横田ヴィンヤード」で造られた高品質ワインです。

試飲を楽しんだ跡は松江市内に戻るため再び一畑電車に乗り込みます。今度の電車はしまねっこ号と同系の元京王電鉄5000系の2103号車で白を基調としドアをオレンジ色のデザインにしています。

内装もイベント対応車として、宍道湖をはじめとする風光明媚な沿線風景を車窓から楽しめるように座席配置を宍道湖側に向けて固定できる二人掛けソファー型シートに変更しています。内装には本木材や木目調デコラを多用し暖かみのある仕様となっています。

列車は宍道湖に沿って走っていきます。宍道湖は物語の中で何度も登場しており、その雄大な姿が印象的なシーンを生み出しています。車窓からはいくつもの小さな船がシジミ漁を行う様子も見え、水面にキラキラと反射する光を受けた美しい風景は旅情満点です。

松江しんじ湖温泉駅に到着です。

 

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