有福温泉街に響く神楽の音色、日本遺産「石見神楽」を楽しむ

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島根県西部に位置する石見国。神話の舞台・出雲に接したこの地域で老若男女が食い入るように見つめるのは、神々や鬼たちが躍動する神楽、舞手もまた住民です。文化庁によって日本遺産「神々や鬼たちが躍動する神話の世界~石見地域で伝承される神楽~」に認定された地域の人の誇り、石見神楽を楽しみに有福温泉に泊まります。

万葉歌人・柿本人麻呂が愛した「有福温泉」は、島根県石見地方の山間部に佇む鄙びた温泉街です。出雲から西へ約60km、日本海にほど近い静かな山峡に、家がひしめくように建ち並ぶ有福温泉の温泉街。今からおよそ1360年前に発見されたと言われる歴史ある山里の湯有福は、古来より名湯が沸く福有りの里と言われ、昔の湯治場を思わせるような石畳の坂と湯けむりが上がる懐かしい街並みには3つの公衆浴場があり、アルカリ単純温泉の源泉が注がれるレトロな山陰の古湯です。夜には「湯の町神楽殿」で、大迫力の「石見神楽」が間近で楽しめます。時間が止まったようなちょっぴりノスタルジックな町で、温泉での寛ぎのひと時と、軽快なお囃子が神楽殿を包む中、目の前で繰り広げられる神話の世界を愉しめば、湯以外にも福がいっぱい。有福を歩けば旅人に福来たるです。

山陰自動車道・浜田東ICから県道の細い田舎道を走ること約15分、島根県江津市の三方を山に囲まれたなだらかな山の斜面に、ひな段状に4軒の宿と3つの公衆浴場が肩を寄せ合うように佇む鄙びた温泉街が山陰の古湯「有福温泉」です。時がとまったかのような昭和のノスタルジックな雰囲気とレトロな趣があり、細い石段の坂道が続く風情は、群馬県の伊香保温泉と似ていることから「山陰の伊香保」とも呼ばれています。

有福温泉は1360年以上前、聖徳太子の時代白雉2年(651)に、天竺よりこの地にやってきたひとりの聖人・法道仙人が見つけた温泉と言い伝えられています。「古来より名湯がわく福有の里」と言うのが「有福温泉」の名前の由来です。こんこんと湧き出る無色透明でなめらかなお湯はアルカリ性単純温泉で、透き通るような美しい白肌をつくる美肌作用があるといわれ「美肌の湯」として人気があります。泉温は47度でリウマチ、神経痛、関節痛等に効果的で、日本屈指の泉質を誇ります。江戸時代の朱子学者・頼山陽、郷土史家・木村晩翠などが訪れています。

有福温泉の3つの共同浴場「御前湯」「さつき湯」「やよい湯」の中で一番大きな浴場が「御前湯」です。温泉街の中央、赤茶色をした石州瓦の家々の中に、レンガを取り入れた洋風館のレトロな2階建ての建物が見えます。かつて「一等湯」とも呼ばれた有福を代表する外湯・御前湯です。昭和5年(1930)に建てられた薬師堂の前にある大正ロマンを漂わせるレトロ調の建物で、電話ボックスほどの趣のある円柱状の番台を通り浴室に入ります。

仲に入ると浴室は天井が高く、アールデコ調の窓から明るい光が差し込み、狭さを感じさせない造り。真ん中に鎮座する8角形の深めの湯船の中央にある噴水のような湯口から無色透明の湯が源泉かけ流しでこんこんと出ています。湯温は42~45度と3っの外湯で一番高く、そろりと足をつけると最初は少し熱く感じますが、肩まで浸かるととろみがあるなめらかな湯が体にまとわりつくようで気持ちがよく、肌に馴染んでいきます。湯温が高い時は一部の湯を竹筒から外に逃がします。

万葉歌人であり石見の国の国司として赴任した柿本人麻呂は、女流歌人依羅娘子を妻に娶り、有福の湯を愛したといわれます。歌人・斎藤茂吉は「有福の いで湯浴みつつ 人麻の妻のおとめの年をぞおもふ」と詠んでいて、人麻呂と依羅娘子が夫婦仲良く湯に浸る姿が浮かびます。そんな有福温泉の共同浴場「御前湯」の前には「愛のオブジェ」があります。オブジェに隠されたハートの形を7つ全部見つけると「愛が深まる」といわれています。

少し下に建つ江戸末期築の木造の三階建ての旅館「三階旅館」は元はお殿様が湯治の際に泊まっていたとのことで、その隣にあるのが平成3年(1991)に改築された木造平屋の共同浴場「さつき湯」です。木造の小さくてレトロなお家のようなかわいい外湯です。家庭的な雰囲気があり、木の香りと少しぬるめの湯でリラックスできます。地元客の利用が多いといいます。

温泉街の駐車場の近くにあるのが、こじんまりとした脱衣場と神経痛や関節痛に一番効く外湯ということで地元利用の多い外湯「やよい湯」です。源泉が湧く場所に小屋が建つため湯は新鮮で、3つの共同浴場の中では一番お湯がぬるめです。39~40度というぬる湯は長湯にもってこいなので、ゆっくり時間をかけて体の芯まで温まりましょう。冬場の入浴には最適ですよ。

坂道や路地裏に細い階段が張り巡らされた温泉街にはところどころに広場や踊り場のようなところがあります。湯の町神楽殿前の広場には、石見地方の特産品である色とりどりの石州瓦を使った絵馬に願いを込めて結う「瓦ぬご縁結所」があります。瓦の色は6種類で、赤は愛情、青は慈愛。黄色は友情というようにそれぞれ意味があるのでどんな縁を深めたいかで選びます。

時代を感じさせる細い石段は有福温泉の象徴。街の真中は雛壇状にぎゅっと旅館や民家が集まっているので、この石段を何度も行き来します。また石畳の階段の分岐には「福灯り」という『福』の文字が書かれた行灯が設置されています。階段を上る前に福のご縁を願いながら行灯を回し、福の字が止まった側の階段が、願うご縁に向かう「福の道しるべ」なのです。

さほど広くない温泉街に宿や民家が密集し、今日のお宿「ありふく よしだや」は、有福温泉街の一番高台にある創業250年以上の老舗旅館です。一番のおすすめは敷地内から自然噴出のph9.1のトロトロした化粧水のような美肌の湯が源泉かけ流しで堪能できることです。

男女別の内湯のタイル貼りの浴槽には無色・無臭で透明な単純アルカリ温泉がコンコンと湯船にそそがれまさしく絹のように肌をつつみます。(階段したの共同浴場「御前湯」よりも適温で肌をつつむ感覚もより滑らかです。

湯の町神楽殿では毎週土曜日20:30から地元有福神楽団による伝統芸能「石見神楽」が上演されています。日本神話を題材に、独特の哀愁あふれる笛の音、活気溢れる太鼓囃子に合わせて、金糸銀糸を織り込んだ豪華絢爛な衣裳と表情豊かな面を身につけて舞う「石見神楽」は、島根県西部の石見地方に古くから伝わる伝統芸能です。その演目は古事記や日本書紀を題材にした「能舞」や神様をお迎えする「儀式舞」など約30種類にのぼり、受け継ぐ団体(社中)は現在130を超えます。

ここ有福温泉の「湯の町神楽殿」では月に数回(土曜日のみ)20:30から地元・有福温泉神楽団による伝統芸能「石見神楽」が上演されています。雰囲気のある木造2階建ての一階に舞台があり、収容人員は30人です。客席と舞台に仕切りがなく、間近で臨場感あふれる神楽が体験できます。

夜になり神楽殿から笛の音が流れ、太鼓の囃子が聞こえてくると、その賑わいに人々が集まってくれば、いよいよ「石見神楽」の始まりです。石見神楽の舞子や囃子は、まさしく有福に仕事を持ち、有福に暮らす人々ですので、共同浴場で出会った人が舞子や囃子だったりするのも驚きです。

舞台の頭上には、天蓋を作ります。神社の御幣はふつう白だけですが、神仏習合が残っている神楽は陰陽五行の関係で緑、赤、白、紫、黄の五色の色紙で御幣を作ります。竹を格子状に組んだ天蓋に大量に作った五色の御幣(紙垂)を垂らし、上に榊(柴)を乗せます。神楽はこの天蓋の四角の中で舞われます。

神楽といえば静かで厳かな印象をもっている人が大半だと思いますが、石見神楽を一度でも見れば、そのイメージはすぐに覆ります。軽快なお囃子に合わせ、激しく舞う演者たちの躍動感溢れるダイナミックな舞踏は、さながら伝統芸能界のロックロールです。いっときたりとも目がはなせない、見れば誰もが心躍らせ、身を震わせる、それが石見神楽です。

有福温泉神楽団の代表の方から、軽妙な最初の挨拶とともに演目の説明があります。初心者にもうれしい心遣いです。演目は人気がある2神2鬼の舞に歓声があがる「塵輪」と超有名な出雲神話「大蛇」です。そしてこの2演目の間にコミカルな動きが人気の神楽「恵比須」です。恵比須様が釣りを始めようと撒き餌ならぬ福飴を四方八方に撒くめでたい席での定番演目です。

神2人・鬼2人が対決する、八調子という早いテンポでスピード感あふれる鬼舞の代表的な神楽が「塵輪」です。異国から数万の大軍が日本に攻めてくる中に「塵輪」と呼ばれる大悪鬼が多くの人々を苦しめていました。そのことを聞いた第14代天皇・帯中津日子(仲哀天皇)が家臣を従え「天の鹿児弓」と「天の羽々矢」をもって退治するというストーリーです。

「塵輪」の見どころは神や鬼が着ている衣裳です。まさに豪華絢爛、同じ衣裳はひとつもないという唯一無二のものです。金糸・銀糸をふんだんに使って一鉢ずつ丹念に縫い上げる石見神楽の衣裳は見応えがあります。手縫いのオーダーメイドで、一着300万~500万の価値がある見事な刺繍が施された衣裳を間近で鑑賞ができるので必見ですよ。

もうひとつの見どころは、八調子という軽快なリズムでお囃子が鳴り響く中、「アイサー」の掛け声とともに、白鬼と赤鬼が、“ざい”という鬼棒で地面をビシッと打ち鳴らすところ。軽快でスピーディーに舞う姿は迫力満点です。

出雲国・美保神社の御祭神で、昔から漁業や商業の神様として崇拝されている恵比須様が、磯辺で釣りを楽しむ様子を舞ったものが「恵比須」です。最初はにこやかな舞で会場のお客も思わずにっこりします。

興にのった恵比須様が釣りを始めようと撒き餌ならぬ福飴を四方八方に撒きます。めでたい席での定番演目です。

鯛を釣ろうと頑張る恵比須様のコミカルな動きは面白く、観客の心を和まさせてくれます。最後に立派な鯛を釣り上げめでたい!舞子が地元の高校生というのに驚きです。

出雲神話で有名な須佐之男命の八岐大蛇退治を題材にした「石見神楽」の代表的な演目が「大蛇」です。天原を追われた須佐之男命が、出雲国の斐の川にさしかかると、嘆き悲しむ老夫婦に出会います。理由を尋ねると、八岐大蛇が毎年現れ、既に老夫婦の娘7人を襲われ、残った稲田姫もやがてその大蛇に攫われてしまうと言います。一計を案じた須佐之男命は、毒酒を飲ませ酔ったところを退治します。その時、大蛇の尾から出てきた剣を「天村雲剣」と名付け、天照大御神に捧げ、稲田姫と結ばれるというお話です。

大蛇の舞にはかかせない「蛇胴」は、石見地方・浜田の地で提灯を参考に考案されました。骨組みには軽くて丈夫な1年間乾燥させた竹を使用し、特殊な糊で石州和紙を幾重にも貼り合わせています。長さは約17m、重さ12キロにもなり、提灯のように伸縮できるように折り目がついています。狭い舞台を所狭しと、とぐろを巻いたり、白煙を吐いたりする3匹の大蛇のリアルな動きに大注目です。

「大蛇」の見どころは何と言っても須佐之男命と大蛇との格闘シーンで、見るものを圧倒します。「湯の町神楽殿」は驚くような狭さなので、たまに大蛇の尾が頭の上に飛んでくることもあります。勇壮で迫力のある舞に心奪われること間違いなしです。

伝統の舞を受け継ぎながらも社中それぞれの個性を生かし日々進化を続ける石見神楽。“生きている気能”をまた違った場所で体感したいものです。

世界遺産「石見銀山」世界を魅了した銀の聖地をめぐる」はこちらhttps://wakuwakutrip.com/archives/4249

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