秋の紅葉で有名な松川渓谷や湯つづきの里・信州高山温泉郷で知られる信州下高井郡高山村は、善光寺平の東端に広がる山里です。村には老樹のしだれ桜が点在していて、「しだれ桜の里」として県外からの花見客が絶えません。村には約20本ものしだれ桜があり、その内半数が樹齢200年を超す大樹です。どの桜もそれぞれに名前が付けられ、個性が感じられるほどです。中でも「高山五大桜」は圧倒的な存在感があります。毎年4月中旬から5月上旬にかけて桜まつりが開催され、里の美しき守り神である一本桜をめぐります。
信州高山村の古木の中でもとくに「水中のしだれ桜」「坪井のしだれ桜」「赤和観音のしだれ桜」「中塩のしだれ桜」「黒部のエドヒガンザクラ」は、その見事さから「高山五大桜」と呼ばれています。村内の標高差が大きいため、花見の期間が4月中旬から4月下旬と長いのも特徴なので一度に回るのは少し厳しいかもしれません。また駐車場も拡充されてきましたが、スペースは広くなく、また村内は道が狭いのでゆっくり楽しむには約15kmのトレッキングをお勧めします。
まずは村の中心、高山村役場に車を停めて向かう先は、役場前の道路の反対側、民家の畑の中にあります。樹形が美しいことから五大桜に迫る勢いで人気の「和美の桜」で、高山村のしだれ桜の中では開花は早い方ですのでお見逃しなく。
以前は「役場上のしだれ桜」と呼ばれていましたが、村制施行50周年を記念して「和美(なごみ)の桜」と命名されました。樹齢は100年ほどで村内では若いだけあって樹勢があり、樹形も美しい桜で存在感が大きいです。この桜の前には毎年アップライトピアノが置かれていてタイミングがよいとピアノ演奏を楽しめます。もちろん空いている時は自由に弾くことができます。
そしてバス停ひとつ先の二つ石バス停近くにあるのが「二つ石のしだれ桜」です。二つ石は江戸時代にできた集落で、昔道端に皆神様が祀ってある大きな石と、反対側の一軒家に猿田彦が祀られてある大きな石があり、この二つの石を大切にしていたことから「二つ石」と呼ばれるようになりました。樹齢330年、樹高は約5mで幹の中心が落雷によって空洞になっています。桜の傍らには庚申塔と馬頭観音が祀られています。
樋沢橋を渡りYOU遊ランドを過ぎた旧山田村役場跡にあるのが、五大桜の中で一番早く開花する「中塩のしだれ桜」です。リンゴやモモ畑に囲まれた阿弥陀堂の道端に立つ樹齢約150年、樹高約10mの古木。他の五大桜に比べると小ぶりな感じですが、樹勢が強く、枝張りが程よくまとまって、まるで滝のように下に垂れ、阿弥陀堂の赤い屋根を覆うように赤味が濃いあふれんばかりの花をつけています。 樹下には地蔵さんが安置されていて、毛糸で編まれた真っ赤な帽子がかわいく、田舎の懐かしさを感じる場所です。
中塩のしだれ桜の手前、山田神社からさらに奥まったところ大杉神社の先、山田の三郷地区坪井集落の中程の北方、坪井川が刻む谷の縁にあるのが、中島千波画伯が屏風絵に描いている「坪井のしだれ桜」です。開花時には谷の林を背にして際立ちます。
村一番の老大樹で、江戸時代の寛永の年号が刻まれた墓石が根元にあり、精霊が宿った桜としてなかなかの迫力があります。樹高約10m、幹回り8m、樹齢600年の桜は石川県巨樹の会による「日本彼岸桜見立番付」で「西の小結」に選ばれています。親木とみれる二本の主幹、根元からその子が育ち、孫やひ孫が株立っていますよ。
足元の並ぶ墓碑を守るようにそびえ立つ姿は、ライトアップされることにより先祖の霊が桜に宿ったかのように神々しく闇夜に浮かびあがっています。
坪井のしだれ桜の西方400m、りんご畑に囲まれた小さな墓地に立つ「横道のしだれ桜」もあります。山田温泉の延命桜や大橋南のしだれ桜などを加えた「十大桜」と呼ばれる桜のひとつです。大きく枝を広げた巨木ですが、枝が切られている箇所があり、正面から見ると若干寂しさがあります。
JA須高共選所の信号から案内に沿って進むと会えるのが「水中のしだれ桜」です。水中の山すそ、月生城跡の東麓字滝の入地籍に満開時には薄緋色の滝の如く咲き誇ります。高山村の五大桜のなかで最も人気が高く、吉永小百合主演の映画「北の零年」のロケ地としても使われました。映画の冒頭に淡路島で浄瑠璃の舞台が行われるシーンで威風堂々とスクリーンに登場しています。
樹齢約260年、樹高22m、幹周4mの大樹で、樹勢は盛んで支柱の支えはなく、のどかな田園風景にのびのびと枝を広げる姿は、遠くの冠雪を残す北信五岳のひとつ一つ飯縄山を借景にまるで一枚の風景画のようです。桜の見頃は、4月中旬から下旬までで、約2週間にわたって濃淡さまざまな色調で目を楽しませてくれます。
江戸時代の寛保2年(1742)に起った水害「蛇抜け」の後、屋敷神である鹿島神を祀り、その際に水害に遭った人々の魂を鎮めるために植えられた桜だといいます。地域では鹿島神社境内にあるので「鹿島のしだれ桜」とも呼ばれています。社殿には「糸さくら隠れ平家の神に咲く」ー蒼風の句が懸っていたとのこと。
桜の周りには木道が作られていて、傾斜地に立つ桜を様々な目線で楽しむことができます。見ごろに合わせてライットアップされた桜は昼間と違った妖艶な姿で魅了してくれます。写真の遠くに善光寺平の夜景を見ることができます。
駐車場横の田んぼには水が張られていて、水面に映った桜とのシンメトリーが楽しめます。
「水中のしだれ桜」へ向かう途中、高社神社がある分岐点から標識にしたがって向かうと、山中の観音堂の登り口に立っているのが「赤和観音のしだれ桜」です。赤和観音は400年余りの歴史を持ち、本堂は亀原三代和太四郎により改築されました。樹高15m、樹齢200年余で比較的花々の赤味が濃く、駐車場から桜の上にある観音堂の赤い屋根とともに眺める角度が美しい。山寺の雰囲気が魅力です。
桜の横からお堂までゴロゴロした石の階段を登ります。写真で見ると近い感じがしますが歩いて登るとかなりも高低差があります。お堂までの途中にあるあずまやから見下ろすと、桜は斜面に斜めに立っています。崖の上に佇み、支柱で支えられながら山側に伸ばした太い根を地面に張り、その踏ん張る姿に生命力を感じます。
この赤和地区には他にも「赤和集落センターのしだれ桜」「篠原家のしだれ桜」があるので見逃せません。赤和集落センターのしだれ桜は推定樹齢300年といわれ赤和観音のしだれ桜よりも古樹です。樹幹から分れた片側の枝が途中で欠損し、弓張月のような樹形をしています。
五大桜の中では一番最後に咲くのが「黒部のエドヒガン桜」です。黒部は樋沢川扇状地の扇頂部の山間の里。古村跡ともいわれる集落の南の水田地帯の一画にあります。傾斜のある水田地帯の中に孤立した樹なので孤高の気高さがあり、遠目にも気品のある姿がよくわかります。案内板のある正面から写真に撮ると綺麗な半円形をしています。タイミングがあえば菜の花の黄色と桜のピンクの競演が楽しめます。
五大桜唯一のエドヒガンザクラは花びらの赤味が濃く、黒みのある二つの幹が分かれて一本は垂直、他は斜めに伸びて枝がはうように広がり、こんもりとした姿は盆栽のような雰囲気を醸し出しています。見物人気も高く、樹齢は約500年、樹高約13m、幹周約7m、樹下にはかつて集落の人々が祀った十二神宮跡の石碑が建っています。
日没が近くなるとライトアップされている姿は、漆黒の夜空にふわっとそこだけ浮き上がっているみたいで幻想的です。街の灯りとのライトアップされた桜のバランスもよく、より立体的に見えた一本桜の存在感が際立って見えます。
※水中のしだれ桜から赤和観音のしだれ桜そして黒部のエドヒガン桜を経て樋沢橋に出る道は謙信道といわれる道で桜めぐりのトレッキングコースになっています。。謙信道とは、かつて上杉謙信が川中島の戦いの時に軍事目的で使った道といわれ、居城の春日山城から富倉峠を越えて信濃に入り、飯山市を通り、木島平村、山ノ内町の須賀川、高山村、須坂市を通り松代町に至る道です。高山村には奥山田、松川を渡って牧に入り、樋沢川を渡って黒部、赤和、水中のしだれ桜のある鹿島神社の前を通り、須坂との境の灰野峠を越えて須坂市の豊丘に出ます。因みに水中のしだれ桜の西、月成城跡は灰野峠への道を確保する意味からも重要な城であったようです。