
江戸の昔、大山講という山岳信仰で賑わった丹沢山系の霊山であり、今でも多くの信者が参詣する大山。神奈川県のほぼ中央にあり、豊かな自然に恵まれた丹沢大山国定公園の一角に位置しています。標高1252mの山頂には大山阿夫利神社の本社が建ち、山腹には阿夫利神社の下社と名刹大山寺が鎮座しています。麓には大山講の信者が泊る宿坊が並び、今でもその面影を残しています。かつては麓の宿坊から土産物店が軒を連ねる参道の石段を上り、さらに山岳信仰ならではの急な山道を歩いて寺社まで参詣していました。今回は標高761mのヤビツ峠からなだらかで美しい三角錐の山容、大山の頂を目指します。
コースの起点となるヤビツ峠行・7:20発の神奈中バスが出る秦野駅4番バス停には、早朝にもかかわらず長蛇の列が。ヤビツ峠は大山だけでなく、塔の台や丹沢表尾根縦走コーやmスの拠点でもあり、多くの登山客が列を作くるため、土日にはバスが増便されます。ここからヤビツ峠までは、所要時間約50分ほど。バスが国道から山へと続く県道へ入って行くと、蓑毛辺りから静かな里山風景が広がり始め、山へ入り標高が上がるにつれ、眼下には市街地のパノラマを車窓から望むことができ、ルート拠点までのバス乗車もちょっと旅気分が楽しめる良い道です。写真はヤビツ峠バス停付近
到着した終点のヤビツ峠(標高761m)は、県道70号秦野清川線にある丹沢山地で唯一南北をつなぐ一般車両通行可能な峠で、ヤビツ峠の秦野側は表ヤビツ、宮ケ瀬湖側は裏ヤビツと通称されます。表ヤビツは距離が短い分、斜度は最大10‰程度と急な坂道が続き、自転車ヒルクライムの聖地となっています。ヤビツの地名は、かつて甲斐国の武田信玄と小田原の北条氏が争った三増峠の戦いにおいて用いられた矢櫃がヤビツ峠西側にある「旧ヤビツ峠」を改修した際に発見されたことに由来するといわれます。
バス停周辺には公衆トイレや自動販売機があり、登山前の準備を整えます。ヤビツ峠から大山山頂までは約2.3km、所要時間約1時間15分の行程で、樹林帯の中の尾根歩きが続くルートです。人が少ないうえ距離が短く標高差も少ないので、山歩きに慣れていない人でも気持ち良い散策が楽しめる人気のコースです。バス停脇から「ヤビツ峠レストラン」へ続く階段が登山道の入口です。
2021年3月オープンした「ヤビツ峠レストハウス(丹沢MON)」は、テラス付きのカフェは木を基調としたお洒落で落ち着いた雰囲気となっていて登山者&サイクリストの拠点。開店は8:30からなので今回は味わいことはできませんでしたが、天皇陛下が学生時代にお忍びで丹沢登山した際、オーナーの祖母が提供したという「丹沢ロイヤルカレー」がおすすめです。
山頂まで2.3km続くイタツミ尾根は、晴れていれば右手に相模湾を眺め続ける爽快かつ整備の行き届いたルートです。イタツミ尾根の名前の由来は、かつてこの尾根筋にイノシシなどの獣道(タツメ・タツミ)が多く存在したことに由来するといわれ、狩猟用語で獣道を意味する言葉にイタチなどの小動物の名称が混ざり合って変化したとのこと。
石段が整備され、気持ちよく樹林帯を進んでいきます。
稜線をしばらく進むと途中一箇所だけ鎖場があるものの阿夫利神社下社から山頂へ続く急登・本坂を登るルートよりは断然歩きやすく、足も疲れません。
ヤビツ峠から歩くこと約1時間で25丁目・ヤビツ峠分岐(標高1174m)に到着します。阿夫利神社下社から続く本坂との合流地点で、本坂の丁石が立っています。丁石は、阿夫利神社下社の登拝門から山頂の本社まで続く本坂(表参道)に109mおきに設置されている道標が丁石です。1丁目が登拝門、8丁目が夫婦杉、20丁目が富士見台、で25丁目がヤビツ峠分岐、山頂が28丁目という具合で、山頂までの距離が目視できるので、ペース配分にはとても便利です。この辺りからも三ノ塔などの山々や富士山が眺められます。残り3丁、300mほどで元気が湧きます。
岩と木製の階段をジグザグに進んでいきます。少し岩場の急勾配もありますが距離は短いのでもうひと踏ん張りです。石段と鳥居が見えてくれば山頂はもうすぐです。鳥居の傍らには最後の目印「大山口登山道28丁目」の丁石が立ちます。
鳥居をくぐり最後の石段を登ると標高1252mの大山山頂です。この山頂は大山阿夫利神社の本社境内であり、山と水の神・大山祇大神を祀る本社が鎮座し、かつては石尊大権現と呼ばれていたといいます。山上が常に雲をまとい、雨を降らせることから別名「雨降山」と呼ばれた大山は、水を司る神として雨乞いや五穀豊穣、商売繫盛を願う多くの人々の信仰を集めた聖地でした。
山頂・本社前からは、遮ぎるものなく海まで続く相模平野。相模湾、江ノ島、その向こうには三浦半島と房総半島まで一望できる大パノラマが広がります。しばらく爽快な絶景と共にコーヒータイムを楽しんでから下山します。
下山コースは本坂(表参道)を経由して下社へと向かう(約2.2km)のが一般的ですが、今回は本坂とは別に、見晴台を経て下社に下山するルートを選びます。見晴台まで約2.5kmです。
最初は視界が開けた場所もあり、不動尻分岐を過ぎたあたりまで気持ちの良い尾根歩きが楽しめます。不動尻分岐は、唐沢峠を経由して谷太郎川上流の不動尻に至るコースで距離が長く、間違えないようにします。その後、木漏れ日の中、雷ノ峰尾根の九十九折れの急な階段道を下っていきます。途中鎖場もあり、標高差がある本格的な登山道です。「雷(いかずち)」は自然の猛威や神の威光を象徴し、古来より山岳信仰の対象とされた大山において、山頂から連なる峰を神聖視した修験道ゆかりも地形名です。
途中鹿の親子を発見。大山には野生のニホンジカが生息しています。大山山頂」の植生保護のため、山頂近くの登山道にはグレーチング階段を設け、シカ等の蹄を持つ動物がグレーチング等の格子状の構造物上を歩くのを嫌がるという習性を利用し、登山者の通行を妨げることなくシカが山頂部に侵入するのを防いでいます。
大山山頂から歩く事1時間半、標高770mの見晴台に到着です。ここは大山山頂と日向薬師を繋ぐ登山道に途中でもあり、尾根歩きの途中の希少な平地として古くから休憩所として使われてきました。条件がよければ、東京や横浜の街並み、東京スカイツリーまで一望できます。テーブルとベンチがあるのでひと休みします。
ここから大山阿夫利神社下社まで約1.4km、所要時間30分の行程で、標高差70mを下りますが雷ノ峰尾根ほど急な下りではありません。登山道途中に水の神「高龗神」を祀る摂社・二重社があります。傍らにはかつて修験者の禊の場であった「二重の滝」があり、神秘的なパワーを感じます。二重滝は、大山川の源流をなし、大自然の巨岩が二段に分かれ、上段の断崖より突如として湧水し水場を形成し、二段の岩壁を流れ出しています。
大山阿夫利神社下社に到着です。2200年前の紀元前97年頃創建と伝わる大山阿夫利神社の拝殿である下社は標高700mの中腹に鎮座します。大山は阿夫利山ともいい、関東平野の西にそびえる大山から湧く雲が雨を降らすと信じられ、雨降山は転じて阿夫利山と呼ばれるようになったといわれます。
国を護る山・水の神である大山祇大神、水を司る高龗神、火災盗難除けの御利益を授ける大雷神の3神を祀ります。大山祇大神は、富士山に祀られる木花咲耶姫の父神であることから、大山に登らば富士山に登れ、富士山に登らば大山に登れと言われるほどで、当初は片詣りだけでは縁起が悪いとされ、両方を参詣するのが正式でした。そのため富士山に参れない人の為富士塚が作られたといいます。しかし江戸中期には、江ノ島弁財天に手を合わせれば解決ということになり、より近い江ノ島に足を運ぶことが慣習化して片詣りも解決し、帰路、鎌倉や金沢八景などの物見遊山が流行ったとされます。
下社への階段を上がった下社前には納太刀を持った白装束の大山講参詣者の銅像が立っています。大山講の一行が肩に担いで運んだ巨大な木太刀は、源頼朝が武運長久を祈願して大山寺に自らの太刀を奉納したことに由来します。参拝者は山の中腹にある滝に打たれ、身を清めてから参拝しました。大きな太刀を手に滝に打たれる姿は、歌川豊国の浮世絵「大當大願成就有が瀧壷」に描かれたりしていて、大山詣りの様子は歌舞伎や浄瑠璃、落語などの題材となり、多くの人の興味を誘いました。2025年7月5日放送のNHLブラタモリ「大山詣り山頂へ▼絶景・天空の神社へ!江戸のヒーローなぜ参拝?」でタモリさんも太刀をかついでいました。
大山阿夫利神社下社からの眺望は、ミシュラン グリーンガイドで2つ星に認定された絶景、遠くに相模湾や江の島、房総半島を望むことができます。
大山阿夫利神社下社からの下山方法は2通り。小田急伊勢原駅行きの大山ケーブルバス停までの約1.5km、所要時間約40分を歩いて下山する方法とケーブルカーを利用して神社から徒歩3分の「阿夫利神社駅」から「大山ケーブル駅」までの0.8kmを乗車し、そこから大山ケーブルバス停まで「こま参道」約600mを徒歩で約15分歩く方法です。今回は大山山頂からの見晴台経由の下山でかなり足が疲労していることからケーブルカーを利用します。階段状になったホームの形にケ-ブルカーの線路の角度に急勾配を実感します。
20分おきに発着する大山ケーブルカーは、昭和6年(1931)に開設、戦時中に一時閉鎖していたものの昭和40年(1965)に再開されました。1本のケーブルで両端の車両を動かす仕組みで、標高差278m、平均斜度22度の急勾配を約6分で結び、途中の大山寺駅で上下線がすれ違います。2015年開業50周年を機に車体がリニューアルされ、大きな窓が自慢で景観の良さも楽しみの一つになりました。
大山ケーブル駅からは「こま参道」と呼ばれる、細く階段状に続く門前町散策を楽しみます。狭い参道の両脇には土産物屋や食事処に混じって、大山講を支えてきた「先導師」が営む講中宿が連なる楽しい散策スポット。先導師は、伊勢講や富士講などでは「御師」と呼ばれた、大山参詣の旅行代理店のような存在で、現在も約40軒ほどが参道脇に軒を連ねています。
古来この地にいた修験道たちは、戦国時代末期の豊臣秀吉の北条攻めの際、北条氏について戦ったといいます。その勢力を恐れた徳川家康が山内改革を進め、寺領を寄進し、経済的支援をする一方、こうした修験者を追放したといいます。彼らは信仰を捨てず、その後先導師として宿坊を営みつつ大山信仰を各地に広めました。参道脇にある宿のほとんどに、各地の講から送られた玉垣やまねき板がずらりと並んでいます。参道名物の“大山とうふ”をいただきたいと「かんき楼」を訪れます。
講中だけでなく一般客でも宿泊や食事ができ、大山名物となっているとうふ料理は、各地の講から奉納された大豆と地元の清水で作ったのが始まりと言われます。山小屋風の木をふんだんに使ったあたたかみのある店内でいただくとうふ料理は、人気の豆腐懐石楓膳をいただきます。バラエティに富んだ7品の豆腐料理で大山名物を味わいつくします。味噌田楽は柚味噌と黒胡麻味噌の二種類でもっちりとした食感を楽しめる。湯豆腐は豆腐本来の味わいを楽しむべく何もつけずに、そして生姜醤油をつけると豆腐の甘みが引き立ちます。山菜豆腐は豆腐に山菜が添えられ、卵豆腐は山菜入り、白和えとみそ汁、香の物にご飯がついて2200円でした。
階段362段、踊り場27段が続く「こま参道」という名前も、先導師たちが土産として宣伝した「大山こま」に由来しているそうで、金回りが良くなるという縁起物として喜ばれました。踊り場には大山こまを描いたタイルが貼られ、その数の組み合わせで今何段目の踊り場にいるのかわかる仕組みになっています。
大山ケーブルバス停からゴールの伊勢原駅へ。そしておなじみの鶴巻温泉弘法の湯で疲れを癒す日帰り登山とは思えないほどの魅力がつまった大山でした。
「紅葉の日本遺産『大山詣り』で大山寺と阿夫利神社の神仏両詣」はこちらhttps://wakuwakutrip.com/archives/4053