日本有数の豪雪地帯として知られる新潟県十日町市。3年に一度、里山を舞台にした現代アートの祭典「大地の芸術祭」の開催地としても有名です。過去7回の開催で1100作品以上を展示してきた“越後妻有アートトリエンナーレ”舞台となる十日町・津南町では、開催年でなくても約200点の恒久作品を鑑賞でき、アートめぐりの旅にもってこいです。今回はアートと融合した清津峡と美しい田園風景やブナ林の里山を訪ねます。
関越道塩沢石打ICを降りるとたおやかな山々が田園地帯を囲む。雪解け水や湧き水に恵まれ、夏は昼夜の寒暖差が大きな南魚沼市や十日町市周辺は、食味ランキングで最高の「特A」評価の米の産地です。稲が育つ夏、稲穂が頭を垂れる初秋、そして収穫の時まで、四季折々の田園風景が目を楽しませてくれます。石打ICから国道353号経由で十二峠を越えれば、目指すのは「清津峡」です。小さな温泉街を過ぎ、清津川の水の音をを聞きながら歩いていくと、清津峡渓谷トンネル入口の到着です。
富山の黒部峡谷、三重の大杉谷と並び、柱状節理の断崖絶壁が、四季折々に美しい景観を見せる日本三大峡谷のひとつとして名高い「清津峡渓谷」。気軽に渓谷を眺められるよう、歩行者専用のトンネルが平成8年(1996)に完成し、2018年の「大地の芸術祭」で作品「Tunnel of Light」としてリニューアルし人気が高まりました。自然の「五大要素」(木・土・金属・火・水)を利用しながら、建築的な空間とアーティスティックな雰囲気をつくりだし、この歴史あるトンネルを変容させています。
トンネルの入口を飾っているのは柱状節理のレプリカ。これは火山岩が冷却の際に生じる六角形の柱状の岩で、トンネル内の見晴所からは実際の迫力ある柱状節理を近くに見ることができます。
2021年(令和3)LArc~en~Cielの『ミライ』のMVDのロケ地となったり、2023年(令和5)アニメ『サザエさん』のオープニングに登場しています。ここからひんやりとしたトンネルに出発です。
全長750mのトンネルは潜水艦に見立てられていてトンネル内の灯はカラフル、途中3か所の見晴所やトンネル終点のパノラマステーションは現代アートと融合し、より魅力的になっています。
3か所の見晴所は外の様子をうかがう潜望鏡をイメージしていて深く切れ込んだ峡谷を清流が洗う景色が随所で作品としての仕掛けに関心させられます。対岸の岩壁は海底火山が冷えて固まった火成岩の一種、閃緑ひん岩でできています。
1つめの見晴所は普通の見晴所。ここからは対岸の柱状節理の断崖絶壁や眼下の清流を間近に見られます。ベンチも設置されているので、疲れたら休みましょう。
2つ目の見晴所は「見えない泡」。「Flow」と名付けられた新作は、内側が白黒のストライプ状にペイントされ、異空間に迷い込んだような錯覚に陥ります。写真の中心にあるアルミ製の円形屋根の建物は、実はトイレ。内部から峡谷の雄大な景色が眺められるアート作品です。。
3つ目の見晴所「しずく」。朱色の光で照らされた露のしずくのような凸面鏡が壁一面に連なり、外の風景を反射して不思議な空間を演出しています。
トンネルの終点、峡谷に向かって口を開けた最奥最奥部のパノラマステーションの先に見えるのは、高く青い空と柱状節理の特徴ある岩肌、険しい岩肌に枝を伸ばす樹々の彩り。「日本三大峡谷」の名に恥じない絶景が広がっています。ただ美しいだけでなく、峡谷が床面に張られた水に映り込み鏡のようなドラマチックな風景を見せてくれます。例年10月下旬~11月上旬が紅葉の季節で、冬は荒々しい柱状節理に雪が積もり水墨画のような世界となります。人と一緒にこの風景を撮影すると、峡谷に浮かんでいるかのようです。
もう少し離れて写真を撮ると、その幻想的な世界は広がり、人が加わるとより魅力を増します。、あるで地球を見ているかのような感覚に陥ります。鏡のように見えるのは、ステンレス貼りの壁と沢水を湛えた床。靴を履いたままならトンネルの端を歩いて、裸足になれば水の中を歩いて向こう側まで行けます。人が歩けば水面が揺れ、映った景色もゆ~らゆら、人が去ればピカピカの水鏡に戻ります。水に足を浸したり、川の音を感じたりと幻想的な空間が体感でき、大自然と人工美が織り成す不思議な世界に時間を忘れて見入ってしまいます。
十日町へ来たら是非食べたいのが、地元のソウルフード「へぎそば」です。早めの食事をJR土市駅近くの人気店「由屋」でいただきます。店内にはよく訪れた岡本太郎の色紙も飾られています。つなぎに布海苔という海藻を使った名物の「へぎそば」は喉ごしのよさとコシの強さが魅力。本来は機織物の緯糸をピンと張るために使われていたものを、そばに活用したといいます。
へぎという木の器に盛り付けられて供されるそばをワサビではなく和辛子でいただくのも特徴です。煮干しの風味が効いた甘めのつゆと薬味の和辛子が好相性です。
樹齢約100年のブナの木が一面に生い茂る林。その立ち姿があまりにも美しいことから「美人林」と名付けられました。ブナは約100年に一度、実が大豊作となるそうで、ここでは昭和の初め、炭を作るためにブナ林がいっせいに伐採されました。ちょうどその時が大豊作にあたり、翌年、落ちた実が一斉に芽生えて順調に成長、現在のブナ林が形成されたといい、そのため幹の高さも太さもほぼ同じの美しいブナ林になりました。
豪雪地でありながら、雪の重みで樹が曲がることなく真っ直ぐすらりと伸びた姿が美しいこの林を絶景とさせているのが、農業用水に使うために造られたため池です。“雪融け水”とブナの蓄えた水の貯まるこの池が、木々の新緑や黄葉を映し、風景全体でいっそう美しく仕立てています。
林の中は周辺より気温が2℃ほど低いといわれ、ブナの木の間を吹き抜ける爽やかな風を感じられます。
十日町を代表する景観といえば、棚田ははずせません。平地の少ない松代(まつだい)地域には山を開いて造った棚田が点在しています。一般的な水田は春先に水を張りますが、松代の棚田は10月下旬から春にかけ、降った雨や雪融け水をためておきます。斜面にある棚田は川からの取水をしにくく、雪融け水と雨水の確保が重要になるためです。水を湛えた水田に秋空が映る風景は美しく、棚田が多いことで知られる十日町でも最も広く、東京ドーム6個以上の広さに約200枚もの水田がすり鉢状に連なる星峠の棚田のスケールは圧巻です。広大なのに家や道路などの人工物が見えないのも特徴で、晩秋の水が張られた田んぼの幻想的な風景がみられます。「にほんの里100選」にも選ばれるほぢ美しい風景が広がっています。
NHK大河ドラマ「天地人」のタイトルバックにもなり、全景が見下ろせる南側の展望台は撮影ポイントです。
十日町駅近く、道の駅クロス10十日町は、十日町の味覚と技がここに集結しています。へぎそばの乾麺から、松乃井酒造場、魚沼酒造の地酒、十日町のコシヒカリをはじめとする農産物、笹だんごなどはもちろん、生地工芸品なども並ぶ。「最多の手作り詰め物人形展示物」としてギネス世界記録に認定された、全長10m、1万2088個もの着物地で作った雛人形を吊るした「幸せ呼ぶ傘つるし雛」も見事です。
隣接してある越語妻有里山現代美術館「キナーレ」は、京都駅など近未来的な建築物を得意とする原広司氏による設計で、大地の芸術祭のベースとなる施設。十日町市で出土した火焔型土器や理髪店のサインポールのように回るトンネルをモチーフにした作品、里山風景をパノラマ漫画風にした蓮沼昌弘氏の「土地を見る夢」など、妻有地域に関連する作品が多い。※2023年3月末でキナーレ十日町温泉「明石の湯」は閉館しています。
目の錯覚に陥る「Palimpsest:空の池」は特に人気の作品で、建物の2階から池を眺めると、池の底に描かれた絵と水面に映った風景が一致する場所があるので探してみてください。
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