路面を走る電車は最新型車両から、黄色と赤、赤と黒といった2色のラッピング車両等、いろんな種類の車体があり見ているだけでも楽しいものです。写真は阪堺電車初の超低床車両1001形車両の「堺トラム」で、2017年度のグッドデザイン賞を受賞した車両です。沿線の堺の魅力である和のイメージ演出するため、外観は側面下部に堺にゆかりの千利休の“わび”をイメージした白茶で、先頭部と側面最上部にアクセントとしてシャンパンメタリック、堺の伝統産業である“堺刃物”をイメージした黒のラインをレイアウトしています。側面上部の色で、1001号車が阪堺線のイメージカラー緑を使った「茶ちゃ」、1002号車(写真)が堺出身の与謝野晶子が好んだ紫で「紫おん」、1003号車が堺市の市旗の色である青を用いた「青らん」という呼称がついています。
スタイリッシュな外観ながら、車内は木材を随所に使用し、和をイメージした落ち着いた雰囲気にまとめています。座席の柄は堺の染物「堺更紗」をモチーフとし、窓の日よけは簾になっていて、観光路線を意識したデザインになっています。堺トラムは一部進行方向を向ける座席も導入、車窓がより楽しくなりました。
こうした新型車両が活躍する一方で昭和62年(1985)、約40年前から導入が始まった「モ701形」は11両製造され、阪堺線では最多数を誇る主力形式です。ブレーキ性能を強化、また後続車から視認しやすいブレーキランプを採用しています。出入口のステップを改良して、乗降しやすくなりました。
日本一高いビル、あべのハルカス前から大阪唯一の路面電車、阪堺電車に乗って堺市へ。チンチン、グググーン、ダダン、ダダン、ダダンと電車が軽いローリングのような揺れと電動機の唸り音とともに走り始めます。速度の過剰に早くなく、町並みとの距離感もいい。時には道路を車や道行く人々とともに、時には大和川の鉄橋をのんびりと、ほのぼのとした雰囲気で走っていきます。
レトロな路面電車が走る堺の街の「宿院」電停近くには、堺が排出した二人の緯人、千利休と与謝野晶子の人生や功績を紹介しつつ、堺の歴史や文化に迫り、2018年1月公開映画『嘘八百』のロケ地にもなった観光施設「さかい利晶の社」が建つ。真新しいガラス張の外観がひと際目を引く話題にミュージアムです。
2Fの与謝野晶子記念館には羊羹で有名であった駿河屋の店先が実物大で再現されて、1Fは暖簾が印象的な和風の雰囲気で2Fは壁面にシンボルの大きな時計がかけられた洋風な作りで、全体として和洋折衷の洒落た建物であったことがわかる。そしてなによりも代表作「みだれ髪」をはじめとした本の装幀は、藤島武二や中沢弘光といった著名な画家たちによって描かれており、美術品をみているようです。
線路沿いには地元で愛される和食・うどんの店がずらり、なかでも「宿院」電停近く旧紀州街道沿いになんともいえない雰囲気の建物を目にします。古びた民家のような建物に無理やり付け足したような怪しい工場のようなビルです。
工場みたいなお店の入口から、ここでいいのかなと思いながら入っていきます。それが創業元禄8年の生そば「ちく満」です。(現在新店舗工事中により裏道側の表玄関からになっています)入ると広い座敷に通され名物のそばをオーダーします。通常普通盛、大盛という数量の表示がここでは、1斤、1.5斤という頼み方になります。初めてなのでまずは1斤を注文して寛ぎながら待ちます。
提供された名物は、せいろの木箱に入った少し太目の蒸したそばと生卵と薬味のねぎ、そして熱々のだしつゆが入ったとっくりが一式です。木箱を開けると蒸しあがった蕎麦から湯気があがり、急いでお椀にだしつゆを注ぎ卵を溶きます。蒸しているのでお蕎麦は熱くフワっとした食感でもちろんコシとかのど越しとかはありません。濃いめのだしつゆが卵でまろやかになり、そばによくからんで一気に食が進みます。時間が経つとのりのように引っ付きそうな感じです。
最後は熱々のそば湯を注ぎ卵スープのようにして飲み干せば完食です。ちょっとクセになりそうなお蕎麦でした。
さかい利晶の社で見た与謝野晶子の生家「駿河屋」が建っていた場所跡が、大道筋を北に少し歩いたところにあるので向かうことにし、大道筋に戻ると「与謝野晶子生家跡」に出会う。日本文学史に名を残す、愛に生き、真に生きた情熱の歌人・与謝野晶子は堺の和菓子商・駿河屋の三女として生まれ、鉄幹に出会い22歳で上京するまで堺で過ごしました。ここから旧制堺女学校(現大阪府立泉陽高校で、あの沢口靖子の母校)通っていたのかと思いをはせてみます。現在は歌碑と案内板が建てられていて、歌碑には「海こひし潮の遠鳴りかぞへつつ少女となりし父母の家」という故郷を偲ぶ歌が刻まれている。歌碑周辺の石組みは碑に刻まれている歌にちなみ、海の波をイメージして高低に配し、所々の青色タイルは光る水面を表現しているとのこと。
また懐郷の念は強かったようで、郷里を題材にした詩歌を数多く詠んでいます。「古さとの小さき街の碑に彫られ 百とせも後あらむとすらむ」そう本人が望んだとおり、堺市には晶子の歌碑や詩碑が20基もあります。
路線を挟んで東側には与謝野晶子が少女時代に親しみ、通学路でもあった「堺山之口商店街」があります。かつては大阪の心斎橋と並んで賑わった商店街で、与謝野晶子が幼い頃から通っていたため「晶子のふるさと山之口」と親しまれています。晶子の生家の外壁に時計があったことに因み、歌集「みだれ髪」の表紙をモチーフに描かれた入口のアーチにも時計が設置されています。
商店街のちょうど真ん中あたりにあるのが海の神様・塩土老翁神を祀ることから「住吉の奥の院」と呼ばれる「開口神社」です。神功皇后の勅願により起源2000年頃に創建されたと伝わります。天平18年(746)に行基が念仏寺を、その後空海が宝塔を境内に建立しましたが、今は寺の姿はなく「大寺さん」と呼ばれ親しまれています。商店街に面した鳥居をくぐって、厳かな空気が漂う境内へ。
境内には堺の繁栄の名残を思わせる多くの社が鎮座し、与謝野晶子が幼少期によくここで遊んだといいます。同郷の女性たちへの願いを詠んだ歌碑があり、晶子が詠んだ歌で恋の行方を占うおみくじが人気です。
スピード重視の旅もいいけれど、阪堺電車沿線を訪れるなら、町に寄り添ってのんびり走るちん電がちょうどいい。
阪堺電車“チン電”で行く利休が生んだ茶の湯と和スイーツの旅はこちらhttps://wakuwakutrip.com/archives/8102