関西人の心のオアシス・生駒山は大阪府東大阪市と奈良県生駒市の県境に位置する標高642mの山です。古の霊山であり、祈りの聖地として多くの宗教施設が設けら、両山腹には歓喜天を祀る宝山寺と興法寺、そして大阪府側の麓を走る近鉄奈良線の「瓢箪山」「枚岡」「石切」と連なった3駅には、それぞれに歴史ある神社があります。瓢箪山駅には、珍しい「辻占」がある「瓢箪山稲荷神社」、枚岡駅には、河内国一ノ宮の古社「枚岡神社」、そして石切駅には、石切さんの名で親しまれている「石切劔箭神社」があります。3社とも駅から降りてすぐの距離。コトコトと電車に揺られて、神様のご利益満載の神社めぐりの旅はいかがでしょう。
先ずは近鉄奈良線瓢箪山駅で下車し、稲荷参道の朱い鳥居を模した柱が朱色の商店街を500mほど歩いたところにある、日本三大稲荷神社のひとつと言われる「瓢箪山稲荷神社」を目指します。
一の鳥居を抜けて暫くすると境内が見えてくる。その歴史は古く、豊臣秀吉が天正11年(1584)大阪城築城の際、巽(東南)の方向三里の聖地に、伏見桃山城から「瓢箪(ふくべ)の神」を分霊し、守護神として祀らせたのが起源の神社です。神社のある丘は実は瓢箪山古墳と呼ばれる双円墳の上にあり、いつの頃からか神使のキツネが住んでいたそうです。
全国的に珍しい「辻占(つじうら)」が今も行われています。かつて、この門前の東高野街道と交わる辻は俗称「みこの辻」といわれ辻占のメッカで占の里とも呼ばれていたとのこと。辻占は道行く人によって神意を占う、古代でもっともポピュラーな占いのひとつで、現在行われている辻占の手順は、まずおみくじを引きます。そして東参道入口の占場に立ち、おみくじの番号が仮に3なら3番目に通る人の性別、服装、持ち物等を観察し、社務所に戻って宮司さんに報告します。宮司さんはこのデータをもとに神意を判断するというものです。おみくじは占いの本家らしく「やきぬき」「あぶりだし」といったユニークなものです。単に紙のおみくじを引くよりも、何か神がかりな感じがしませんか?
神社のある丘は、実は瓢箪山古墳と呼ばれる双円墳で、本殿の脇に横穴式石室が口をあけている。北側にも石室があり、いつの頃か神使(しんし)のキツネが住んでいたそうで、それを称えているのか飛狐の碑が立っていた。
瓢箪山駅の隣駅・枚岡駅の真ん前にあるのが「枚岡神社」です。奈良県と大阪府を分ける生駒山の西麓に位置し、「ひらおか」とは、一字一字に意味があったとされる“やまとことば”では、「ひ」は神の御霊、「ら」はいっぱい、たくさんという意味、つまり「ひらおか」は神々の御霊がいっぱいの「神気満ち満ちた場所」という名前なのです。枚岡神社の創祀は神武天皇即位前3年。768年にはご祭神の天の岩戸開きに功績を上げたとされる天児屋根命と后神である比売御神の二神を、奈良の春日大社に分祀したとのことで、「元春日」とも呼ばれ、藤原氏の隆盛とともに栄えました。「延喜式神名帳」では名神大社に列し、中世には河内国一ノ宮とされた古社として鎮座する由緒正しい神社です。
主祭神として祀られている天児屋根命は、「日本書紀」神代巻に「中臣の上祖」「神事をつかさどる宗源者なり」と記され、古代の河内大国に根拠をもち、大和朝廷の祭祀をつかさどった中臣氏の祖神で、比売御神はその后神です。分祀から10年後春日大社より新たに二神を迎えた経津主命・武甕槌命は、香取・鹿島の神で、ともに中臣氏との縁深い神として知られています。
鳥居から46段ほどの階段を登ると拝殿に着きます。参道の両脇には、奈良の春日大社の鹿と関係があるのであろうか、本殿を守る狛犬ならぬ「なで鹿」が配されていて親しまれています。
御本殿前の中門も美しく、
豊臣秀頼が片桐且元に造営させたと伝わる四柱の神様を祀る四棟が連なる御本殿が、素晴らしく美しいです。
御本殿右の道を通り、神津嶽の本宮へと向かうのであるが、隣接して2月中旬から3月下旬にかけて約30種約350本もの梅がいっせいに咲き誇る梅林を抜けていく。ここでちょっと園内にあふれる優雅な香りを想像してみます。
枚岡神社の梅園を抜け、いよいよ登山道に入っていきます。七曲を抜け神津嶽コースに合流し約30分で枚岡山展望台に到着します。眺望が素晴らしく、眼下に大阪の街並みを見下ろせ、遠く正面にアベノハルカスが望める。この地は、大和(奈良)平城京から大阪湾に出る最短ルート上にあり、多くの古代人も、ここから景色を眺めたに違いない。実際古代は枚岡神社近辺まで海であり河内の「青雲の白肩の津」(枚岡神社近辺の港)がありました。
展望台から10分ほど山道を登ると神津嶽本宮の入口に到着。神津嶽本宮は、かつての枚岡神社鎮座地で、元春日と呼ばれ、歴史的に非常に重要な意味を持つ場所でもあります。枚岡神社の創祀は、皇紀前まで遡り、初代天皇の神武天皇が大和の地で即位される3年前と伝えられていて、神武御東征の砌、神武天皇の勅命を奉じて、天種子命が平国を祈願するため天児屋根命・比売御神の二神を、霊地神津嶽(かみつだけ)に一大磐境を設け祀られたのが枚岡神社の創祀とされている。枚岡神社は、永く神津嶽にお祀りされていたが、孝徳天皇の白雉元年(650年)9月16日に、平岡連らにより山麓の現地へ奉遷されたと伝えられています。
ここで枚岡駅まで戻り次の石切駅から「石切劔箭神社」に向かえば、近鉄奈良線三社参りの達成となるのですが、せっかく神津嶽本宮まで登ってきたのでこのまま神津嶽コースで生駒山の「なるかわ園地・僕らの広場」まで出ることに。枚岡駅から約2.7km・所要時間約1時間30分のハイキングコースになっています。
ここから生駒縦走歩道コースに入り生駒山を目指したのですが奈良街道(国道308号)を横断するところを道を間違え、国道(道幅が狭く急勾配の為酷道) 308号と呼ばれる「日本の道百選」に選定された「暗越奈良街道」を歩いて暗峠に到着。奈良と大阪の境にある「暗峠」は、最大斜度20‰を超える急勾配が続く難所で、石畳や灯籠、道標、古い家並みなどが残り、往時の歴史を感じさせます。芭蕉も最後の旅でこの峠を越え、「菊の香に くらがり登る 節句かな」を残しました。
写真が暗峠の県境。手前が奈良県でこの先が大阪府東大阪市です。旧街道の面影を残す石畳。これは参勤交代で殿様が乗った駕籠が滑らないようにするために、江戸時代に郡山藩により施設された石畳です。石畳が国道に指定されている道は極めてめずらしい。暗がりの名称の起源は、樹木が鬱蒼と繁り、昼間も暗い山越えの道であった説や「鞍借り」「鞍換え」が訛って転じた説、上方落語伊勢参宮神乃賑の枕では「あまりにも険しいので馬の鞍がひっくり返りそうになることから鞍返り峠と言われるようになった」と語られています。
阪奈道路山上口から生駒山上を経て、暗峠や鳴川峠、十三峠を貫く、信貴山までの約20.9kmのドライブウェイである信貴生駒スカイラインに沿って山道を登っていく。万葉集にも歌われ、古くから「神います山」として信仰されてきた生駒山は標高642m。山上に多彩なアトラクションの揃った「生駒山上遊園地」が山頂であり、眺望も素晴らしい。
生駒山の山頂を示す一等三角点は、遊園地の中だけあって、なんとSL列車の線路に囲まれた真ん中と、ちょっと全国でも珍しい場所にありました。
ケーブル生駒山上駅の横から一気に徒歩で下って宝山寺に向かう。生駒ケーブルは日本で一番古く大正7年(1918)の開業(鳥居前ー宝山寺間)です。
生駒山の中腹に建つ「宝山寺」は通称「生駒聖天」と言われ、日本三大聖天のひとつ。延宝6年(1678)、宝山湛海律師が大聖無動寺を建立したのが始まりで、その後、般若窟のすそに伽藍をととのえ宝山寺と称しました。般若窟は山肌から突き出た怪異な岩山で、7世紀には役行者、空海が修行したといわれる霊地であり、本堂背後の弥勒菩薩像が見える切り立つ岩山に残っています。本尊は湛海作の不動明王像ですが古来、大聖歓喜天への信仰があつく、「商売繁盛の聖天さん」として全国に知られます。宝山寺で人気のある「聖天さん」という神様は元来ヒンドゥー教の神でもある「ガネーシャ」という顔が象という珍しい神様で、慈悲の心を持ち、全ての人々に知恵と財宝を与えてくれるといわれる。しかし実はここの聖天さんは「双身歓喜天」と言われ、縁結びにも効果があると言われています。
薬医門形式の惣門から境内を見上げると、本堂、聖天堂、多宝塔、奥の院と、伽藍は斜面をのぼり深い緑に吸い込まれて行き、商売繁盛や金運上昇を願う参拝客が線香と護摩焚きの煙の中に消えていきます。
本堂は、五間四面・重層の護摩堂形式で建立され、同寺では最古の建造物。本尊として宝山寺中興の開山者・湛海律師により作られた不動明王像が祀られている。軒下の「阿修羅場」と書かれた額は、東寺学頭大僧正賢賀の筆(明和5年/1768)
また古くから「断ち祈願」で名高く、絵馬堂には、禁酒、禁煙、浮気封じなど数知れない祈願絵馬が奉納されている。境内の休み処では草もちが食べれ、山旅の気分が味わえます。
宝山寺の奥の院への道は、葉の繁る木々に囲まれ日陰になることが多く、ぴんと空気が張り詰めています。左右には寄進されたお地蔵様が並び、木々の香りや木漏れ日などを感じながら歩くと、宝山寺が山岳に建てられた寺院であることを実感します。
奥の院本堂に向かって左側に宝山寺開基である湛海律師像が祀られている開山堂があり、その先に開山廟があります。開山・湛海律師のお墓
ここから石切駅方面に向かう辻子谷ハイキングコースに向かうには生駒山上駅に戻らなければなりません。梅屋敷駅から12時31分発のケーブルカーに乗る。やってきたケーブルカーは「ファンタジーケーブル」の「ドレミ」でした。
生駒山上駅から少し下り、生駒縦走歩道コースから途中辻子谷(ずしだに)コースに入り、興法寺経由で石切劔箭神社を目指します。約2km、1時間半の道程です。生駒山の中腹、標高400mにある「興法寺」は、役行者が開基し、弘法大師空海が諸堂を整備したと伝説される寺院です。生駒山の東に吉祥を表す雲がたなびくのを見て、氷室滝に近づいてみると、そこに氷室権現があらわれて、「大聖歓喜天」いわゆる「聖天」像を授けらたといいます。さらに時は下って平安初期の弘仁8年(815)弘法大師空海がこの地に参詣の折、九頭龍権現が現れ、役行者が授けられた聖天像を授けます。そこで弘法大師はこの地に諸堂を建立し、鎮護国家の道場としたと伝えられています。しましながら南北朝時代の正平3年(1348)に起こった四条畷合戦によって諸堂が焼失、永禄6年(1563)に大西丹後守入道浄味により再興しました。
興法寺の山道は古くから生駒越えのひとつ、辻子(谷)越えと呼ばれるもので、電車が奈良に開通するまでは、「西の聖天さん」と呼ぶ興法寺を経て4「東の聖天さん」生駒宝山寺に通じる信仰の道として大いに利用された道です。寺院はこの石垣の上に建っています。
興法寺からさわやかな林間道に入り、石畳の道を下っていくと、すなくら橋を渡ると辻子谷です。
辻子谷は古くから生薬が生産され、今でもほそぼそと続いているらしい。この地域では、江戸時代から音川の水を利用し、薬作りに使われていた水車がたくさんあったというが、ひとつだけ復元されていました。
辻子谷コースから道を外れて先に「石切神社上之宮」に詣でる。実は石切神社は伊勢神宮を本宗とする神社本庁には入らず、神道石切教という独自の宗教を開いています。石切神社上之宮のすぐそばに「石切夢観音堂」という施設があるのだが、これはその神道石切教のもの。隣の石段を上りきると本殿である。境内はさほど広くなく、どこにでもある神社と変わらない印象です。
さらに先に進んでいくと「石切の御滝」の案内があり、奥之宮に行ってみると可愛らしい滝修行場があり、その滝の下には「御礼池」と書かれた小さな池には満願成就叶った人々が、石切さんに感謝の意を込めて「御礼亀」と呼ばれる小さな亀の置物を池の上に浮かべていくとのことです。
さらに下っていくと地蔵菩薩と阿弥陀如来がひとつの巨石に彫られている珍しい石仏の「爪切地蔵」のお堂がある。ここが石切駅からスタートした場合の興法寺への出発地点となります。巨大な生駒石に弘法大師が一夜にして爪で刻んだことからそう呼ばれています。
石切神社参道の中間地点辺りまで行くと、そこにそびえているのが「石切大仏」。脇に掲げられている説明書きによると、日本で3番目に大きな大仏とのことで、高岡大仏や岐阜大仏などと同様に、ここも「日本三大仏」を名乗っている大仏のひとつのようだ。ここにも阪本昌胤という名前が出ていたが、石切神社周辺のそこら中で随所に目にする名前なのだが実はこの阪本昌胤という人物、精力ドリンク・赤まむしなどを製造・販売しているサカンポー(元阪本漢方製薬)の四代目当主。この製薬会社の起こりが東大阪市石切町であり、四代目の阪本昌胤氏は創業地であるこの地に大仏を建立し、これを宗教法人にして自らその管長に就任。また、石切神社を始め、東大阪市や石切町に多くの寄付もされているようです。
下町情緒が懐かしい石切参道商店街を散策する。その神社から山の中腹近くまでのびる参道には、漢方薬、骨董品、佃煮、占いといったさまざまな店が軒を連ね、「東の巣鴨、西の石切」という言葉もあるように、巣鴨地蔵通り商店街に似た雰囲気となっています。この参道はとにかく占いの類が多いことでも有名で、占い専門のお店だけでなく、衣料品店や飲食店でも店先に「手相見ます」や「結婚相談」と謳っているところがある。また、「陰陽師占い」といった珍しい占いまであります。
近鉄奈良線枚岡駅から額田駅のひとつ先の石切駅から石切参道商店街の先にあるのが「石切劔箭神社」です。生駒山の麓にあり、関西では通称“石切さん”と呼ばれ、神話の時代に起源をもつ物部氏ゆかりの古社。
創建は神武天皇紀元2年と伝わり、ご祭神は、天照大御神の孫にあたる饒速日尊とその子、可美真手命で、神武天皇とともに大和建国に尽力されたと伝わっています。「石切劔箭」の名は、二柱のご祭神の偉大さを、「岩をも切る剣と貫く矢」に例えて讃えたことに由来しています。
そんな石切さんは、“でんぼの神様”として病気平癒に篤い信仰を集めていて、「お百度参り」は、ご利益があるとして全国的に有名で、「願いが叶うように」と社殿前ではお百度参りの石柱の間を、大勢の参詣者がぐるぐると回っている姿を見かけます。
奥に進むと、病魔災難除け、学問向上の神様として篤い信仰を集めている「穂積殿」があり、その手前の穂積池には、お腹に願い事を書いた紙を入れた小さな陶器の亀が、神霊水に置かれています。「祈り亀」と言われるもので、亀が石切の大神様に願いを届けてくれるのだそうです。
日帰り入浴で訪れたのが生駒山山麓に立つ「ホテルセイリュウ」です。建築家の黒川紀章が設計したアーバンリゾートで地上70階相当の高さにある男女日替わりの「見晴らしの湯」と「夕ばえの湯」の趣が異なる大浴場や露天風呂から大阪平野が一望できる。泉質は天然ラジウム温泉で、筋肉痛、疲労回復に効果があるのが嬉しい。
「瓢箪山稲荷神社」から「石切劔箭神社」までは、距離にして4.1Km、車で20分、歩いて1時間程度の近さなのです。大阪府と奈良県の県境に南北に連なる生駒山には、古くから大阪・奈良を結ぶ峠道が発達し、山中には修験道ゆかりの山岳寺院が多くあります。その為参詣道も多く、それらは今ハイキング道として歩かれ、東大阪市には幾つかのハイキングコースが設定されています。あらゆる現世利益が叶う生駒山で、たくさんお参りしてたくさんの御利益を授かりましょう。