
古来、九頭竜川河口に開け、水運による物流の拠点として1000年以上の歴史をもつ越前国の玄関口・坂井市三国町。江戸時代中期になると海上航路が発達し、上方と北海道を結ぶ北前船交易が盛んになりました。隆盛期には、日本海海運の拠点として千石船がひしめいていました。天下の三国湊とうたわれた港町・三国を歩くと、今も随所に北前商人たちの息遣いを感じます。それは豪商たちの誇り高き心意気であり、町の発展を支えた原動力でもあったに違いありません。絶え間ない九頭竜川の流れに繁栄の面影が漂う三国の町を歩きます。
先ずはえちぜん鉄道で三国港駅から国の名勝・天然記念物に指定され、福井県随一を誇る観光名所「東尋坊」へ。テレビのサスペンスドラマでしばしば登場する、日本海沿い1Kmにわたり、するどく切り立った岩の柱がゴツゴツと連なる福井一の断崖絶壁の景勝地。名前の由来は、福井県勝山市にある平泉寺にいたお坊さんの名前で、暴れん坊の悪僧であった東尋坊を、仲間の僧が酒に酔わせ、この崖から突き落としたという伝説があります。日本海に突き出した柱状の断崖は、『輝石安山岩の柱状節理」という地質学的にも珍しい奇岩がこれほどの規模でみられるのは、韓国、ノルウェーとあわせ世界でも3カ所にしかないという珍しい柱状の奇岩群です。
人気のヒミツはスリル満点の崖っぷちウォークにあり、断崖絶壁のすれば高さは最大でなんと25m(ビルの8~9階)!景観を守るため柵が一切設置されておらず、自由に崖を歩き回れる。特に高さ25mの大池は一番の絶景スポットで、下を覗き込むのは想像以上に怖い。観光遊覧船も運行されていて、ライオン岩、ろうそく岩といった奇岩を回りながら世界に誇る奇観を眺めることができます。
レトロなランドマーク「東尋坊タワー」の上からの眺めもまた一興で、タワーから土産物店や海産物店が並ぶ通りを抜けると断崖上には荒磯遊歩道が4kmほど伸びていて、荒波が打ち寄せる様子を間近に見ることができます。沖合に雄島が見えます。
荒磯遊歩道を少し下っていくと、東尋坊の崖を広い範囲で見渡せる場所にでます。階段状に整備された崖を下りると千畳敷の浪打ち際まで下りることができ、遊覧船発着場からは海際まで降りられる道もあります。ここでしか見られない柱状の安山岩の岩肌に、日本海の荒波が打ちつける様は圧巻です。
東尋坊の沖合に浮かぶ、古代から神の島と呼ばれている「雄島」は、標高27m・周囲2Kmの小さな島で、約1300万年前に噴出した輝石安山でできた岩石島。224mの朱塗りの橋で島に渡ることができます。島の壁面はゴツゴツとした荒々しい「柱状節理」と呼ばれる地形がむき出しになっています。「乗鯨神来」の伝説は、昔雄島の神様が安島に渡ろうとした際、波(ノタ)に頼んだところ断られ、代わりに鯨が背に乗せて運んだという話が言い伝えられていて、また雄島そのものが鯨の姿だともいいます。
島に渡り78段ある石の階段を上がって時計回りに進み、神社へと続く大粒の敷石が地面に埋められた参道を歩くとヤブニッケイの樹木に覆われたその奥に大湊神社が静かに鎮座しています。ここは航海や漁業の守護神として信仰されてきた神社で、伊邪那岐命を祀っています。永禄年間(1558~1569)には、戦国大名・朝倉義景が一門の祈願所と定めましたが天正年間(1573~1591)に織田信長の兵火により社殿は焼失したという歴史があります。現在の本殿は江戸時代の福井藩2代藩主・松平忠直が再建したものです。
本殿から島を一周する散策路をたどれば自然豊かで神秘的な景観が楽しめる。東尋坊で自殺した人が流れ着くところが雄島とのことで、霊的パワースポットらしい。また島を一周する距離は1.2kmほどでゆっくり歩いて約40分。島を巡る際、時計周りが正しく、反時計周りは不吉なことが起こるという噂があります。神社の西側には鳥居があり、その先は海が見え、その向こうに東尋坊が望めます。
島の北側から西側にかけては、火山活動でできた安山岩が、板のように薄く割れてできた「板状節理」と呼ばれる雄島を特徴づける地形が広がっています。蜂の巣のような流紋岩は、遥か昔溶岩が南東から北西に向かって流れたことが原因だといわれています。
三国は日本海に面し、九頭竜川が日本海に注ぐ河口に位置し、その立地の良さから古来より物資集散の要地、港町として発達しました。江戸時代中期からは北前船交易の物流拠点として栄えた港町です。その隆盛の名残りは、旧岸名家周辺や、高台に建つみくに龍翔館の外観に偲べます。町内に往時の繁栄を物語る廻船問屋の屋敷をはじめ、格子戸を配した古い建築様式の民家、大正時代建造のモダンな銀行など見どころも多く、河岸に商家の蔵が軒を連ね、入り組んだ細い路地に溶け込むように立つノスタルジックな古きよき建造物が色濃く残るこの町でレトロな町歩きを楽しみます。
海岸線の大通りを1本入った「三国湊きたまえ通り」は、えちぜん鉄道三国駅から海を見ながらメイン通りを下ること約5分。海風が感じられるほど近い場所にあり、今や新たな観光地として人が集まるエリアです。三国散策の観光拠点の「三国湊座」で観光パンフレットを頂き、グルメやイベント情報を入手します。かつて存在した芝居小屋「三国座」と「みなと座」をイメージした情報発信地です。観光案内所の中にカフェスペースを併設。最近ご当地バーガーとして、三国特産の花ラッキョウを挟んだ「三国バーガー」が評判を呼んでいます。
江戸時代から残る町家「旧岸名家住宅」は、材木商で栄えた新保屋岸名惣助が代々住んでいた江戸後期に建てられた町家の自宅を復元しています。妻入屋根と平入屋根を組んだかぐら建てという正面から見ると平屋に見える三国独特の建築様式です。かつては川の船着き場に面していた裏口から、通り庭といわれる長い土間が屋敷を貫いています。そこを荷を積んだ大八車が行き来したといい、当時の活気が目に浮かびます。並びの三国湊町家館は、ベンガラ格子が印象的だった旧梅谷家を改築した建物です。
内部は大正初期の姿に整備、復元されています。三国仏壇の見事な前彫りや水琴窟から、当時の裕福な生活が伝わります。
三国湊きたまえ通りの南、町家の中に現れるレトロモダンな建物は、三国湊を代表する廻船問屋の豪商・森田家が、北前船の衰退後いち早く金融業へと転じ、明治27年(1894)に創業した「旧森田銀行本店」です。銀行経営は成功し、大正9年(1920)にこの建物が新しい銀行本店として建てられ、昭和46年(1971)まで営業していた大正モダンで優美な雰囲気を漂わせる洋館です。設計はパリ万博日本館の設計者山田七五郎氏が手掛けたもの。東京駅や日本銀行本店など古き良き日本を代表するスタイルの“辰野式”の流れを汲み、横浜市開港記念館を手掛けるほどの大物設計師でしたが、森田氏が横浜で倉庫業を営んでいた縁で依頼を受けることになりました。県内に現存する最古の鉄筋コンクリート造建造物で、左右対称の外観は西欧の古典主義的デザイン・ルネサンス形式で外壁は一見レンガ作りだが実はタイル張り。
建物の内部はディテールにまでこだわった洗練されたもので、天井や壁に見事な漆喰装飾や象嵌細工が施されたレトロ建築です。細部のデザインや技術にこだわりが見られ、一階の重役室は窓枠の象嵌や戸棚の七宝焼きなどモダンな装飾が残っています。特に漆喰壁に豪華な装飾を施した館内は見ものです。
森田銀行は、その後福井銀行と合併し、近年まで福井銀行三国支店として営業されていたとのことで、カウンターの長さ7mものケヤキの一枚板は見事であり、マーブル仕上げのエンタシスが左官仕事とは驚きです。
港を見下ろす高台にレトロなドーム型の屋根が印象的な五層八角の白亜の館がある。異彩を放つその外観は、三国湊が最も栄えた明治12年(1879)に、だまし絵の画家エッシャーの父であるオランダ人技師A.G.エッシャーが設計し建てられた、木造五階建て八角形というユニークな形状の小学校「龍翔小学校」の外観を忠実に模して復元したもの。教育に熱意を注いだ豪商らの寄付で建てられた町のシンボルは、独特の形態から「こうもり傘小学校」と呼ばれて地元の人々に愛されました。しかし木造のため耐久性がなく、二度の暴風雨もあり、築35年で解体されてしまいます。昭和56年(1981)三国市の博物館「みくに龍翔館」へと生まれ変わり、2023年「坂井市龍翔博物館」としてリニューアルされました。
1階では1/5サイズの千石船が出迎えてくれ北前船に関する資料も数多く展示しています。フロアをめぐるごとに坂井市の文化や伝統工芸から、繊維産業、文学に至るまで、さまざまな角度から楽しく学べます。明治時代の約11mにもおよぶ大迫力の武者人形山車の再現や、三国湊の町家を用いたジオラマパズルなど、各階のテーマごとに見て、触れて、体感できる展示が盛りだくさんです。
4階の展望室では天気の良い日は白山や日本海が眺められるとのこと。明治時代前期、九頭竜川の氾濫による土砂堆積で水深が浅くなることを解消するために豪商らが資金を投じて造られた「三国港突堤」の設計に携わったオランダ人技師のA.G.エッシャーは、だまし絵版画家・M.C.エッシャーの父として知られ、エッシャー家が三国町にゆかりがあることにちなみ、トリック手法を織り交ぜた展示もあります。
最後に「三國神社」に詣でます。長い石段から荘厳な随身門をくぐり抜け、木々が生い茂る広い境内へと足を踏み入れ、木漏れ日が揺れる静かな参道をしばらく歩くと、ようやく拝殿が現れます。[山王さん」と地元の人々から愛される三國神社です。九頭竜川河口に開け、北前船の寄港地として繁栄を極めた港町、福井県坂井市三国。その北前船で財を成した豪商・内田惣右衛門んさど船主らの尽力によって三国神社の拝殿も随身門も維持・改築ができました。三国祭が今のように盛大になったのも、北前船で町が栄えたからこそです。
毎年5月19日~21日に行われる北陸三大祭のひとつに数えられる「三国祭」で有名です。巨大な武者人形を乗せた山車が町を練り歩き、港町全体が一つになって盛り上がります。
ケヤキや杉の巨木に囲まれた境内には、和洋天竺唐様の隋身門、鳳凰や猿の彫刻が目を引く拝殿があり、荘厳な雰囲気が漂う。祭神は大山咋命と継体天皇。
三国といえば冬の味覚の王者であり、毎年皇室へ献上されることで有名な「越前ガニ」はつとに名高い。肉厚な身と上品な甘味が特徴で、かつては北前船の豪商たちの舌をもうならせたに違いない。「お食事処 田島」は、皇室に越前がにを献上する魚問屋「田島」の直営店。
今回は前日宿泊地で越前ガニを食していて見送り。
とれたての福井の幸を贅沢に使った料理が自慢。自慢の海鮮丼は旬の魚介が日替わりで盛り込まれるので何がのるかは開けてびっくり玉手箱である。本日は甘エビ4尾にうに、いくら、甘エビの卵、ヒラメ、くるま鯛にぶり、まぐろ、サーモン等11種ほどの旬のネタを豪快にのせたボリューム満点の海鮮丼でした。冬の越前ガニは有名ですが、三国港であがる新鮮なホッコクアカエビ(通称甘エビ)は甘さと食感が最高です。
三国の北側にある奇勝「東尋坊」は多くの観光客が立ち寄りますが、その近くに温泉がわきことはあまり知られていません。東尋坊からの眺めも良いが、温泉につかりながらの日本海もはずせません。えちぜん鉄道三国湊駅から歩いて徒歩5分、目の前に海水浴場の三国サンセットビーチが広がる河口付近に立つのが日帰り温泉・三国温泉「ゆあぽーと」です。敷地内から湧く湯の泉質は、ナトリウム・塩化カルシウム・硫黄塩で、疲労回復に効果があり、湯上り後の湯に塩分が含まれているので身体はポカポカと温かい。円柱形をした建物の浴室・みなとの湯に入ると、一面のガラス窓越しに見事なパノラマが広がります。左手には九頭竜川の川面が、反対には波立つ日本海が一望です。日本海の水平線とそこに注ぎ込む九頭竜川の流れを広い湯船に浸かって眺めてながら楽しんでいるとなんとものどかな気分になれます。かもめの湯からは三国サンセットビーチに沈む夕日を目の当たりにしながら贅沢に入浴できます。
海辺にある「ゆあぽーと」は大浴場から沈む夕日がみえますが、2階テラスからの眺めは絶景です。今日も一日が暮れていきます。
