群馬県北西部、長野県と隣接する中条町六合地区(旧六合村)は、山深い広大な山里です。「六合」の名前の由来も古事記の『天地四方を以って六合と成す』にちなんでいます。「くに」と読む村の標高約1500mののところに、周囲を原生林に囲まれ、静寂に包まれた水面に青空を映す青く美しい湖が周囲10kmのダム湖「野反湖」です。その湖水は魚野川から信濃川に合流し日本海にそそいでいてダム湖百選に選ばれています。
ここが以外と穴場のトレッキングルートになっているのです。ルートはかなりきれいに整備され歩きやすいのが特徴です。標高が高いだけに夏でも涼しく高山植物も豊富です。7月中旬、天空の湖に夏の訪れを告げるかのように水辺にあらわれるのがニッコウキスゲ、野反湖ではノゾリキスゲと呼ばれる黄色いラッパのような花が咲きます。ノゾリキスゲの群落と一緒に高原の風に揺らぎに出かけます。
JR吾妻線長野原草津口駅近くから国道292号を経て、アクセス道路の国道405号を北上すると、民家が途切れ道幅が細くなり、標高はどんどん上がっていきます。群馬と長野の県境を成す山脈にはばまれ、湖の北岸で行きどまりになりますが、途中視界が開ける野反湖南岸の富士見峠駐車場で車を停めれば野反湖は目の前です。標高は1500mで下界より明らかに気温が低く感じられます。
富士見峠駐車場からは眼下に広がる標高約1500mの野反湖と、その周りを囲む2000m級の八間山、エビ山、三壁山などが織り成す絶景を眺望できます。なかでも7月上旬~下旬には、富士見峠付近で咲き乱れるニッコウキスゲの群落に出会えます。野反湖ではノゾリキスゲと呼ばれ、鮮やかな黄色いラッパのような美しい花が、高原の風に揺れて咲いています。花の黄色と湖の青色、それを取り囲む緑の山々の景色はまさに天空の楽園のようです。
富士見峠駐車場にある野反峠の休憩舎「花の駅」がスタート地点です。ここでは散策前の腹ごしらえに便利なオリジナルのニンニク味噌ソースをベースにシイタケやしめじをトッピングした和風ピザ「くにっ子ピザ(写真)」や、フォカッチャにソーセージとコールスローサラダを詰めた「六合っ子サンド」などがいただけますよ。
野反湖での代表的なトレッキングルートは「八間山」に登るルート。野反湖の標高が1513mあるため、1934mの頂上までわずか1時間半で登れてしまいます。駐車場からすぐ目の前、道路渡った向かい側に登山口があります。
トレッキングルートに入るとすぐに登りが始まります。笹に覆われたなだらかな山の斜面に沿って、登山道がまっすぐに伸びています。ルートはかなりきれいに整備されていて歩きやすく、両側にはノゾリキスゲの黄色い花が出迎えてくれ、見事な景色も眺められます。歩いていると体が温まってきますが、吹く風が涼しく気持ちいい。周辺では季節ごとにさまざまな高山植物が咲くので心がなごみます。
トレッキングルート周辺にはいたるところに高山植物の女王ともいわれるコマクサの群生ポイントがあり、傷つけないように観察します。環境に厳しい砂礫地にだけ群生を作り、可憐に咲く花は濃紅色からピンク色をしています。このあたりで息を整えて周囲を見渡すと美しい湖面が眼下に広がっていて、景色の美しさを楽しみながら一息いれるのち丁度いいです。
八間山への登山道には高い木がほとんどないため、常に展望を楽しめながら登れます。登山道は尾根の東側を通る部分が多く、草津白根山、浅間山、榛名山などを見ながら登ることができます。
駐車場が雑木林に隠れたあたりで傾斜はいったんゆるやかになり、一息ついたと思ったらまた登りが続きます。
今度はガレまじりのジグザグ道です。小さなピークを越えたら再び傾斜がゆるくなり快適な尾根歩きが楽しめます。野反湖側に点在するガレ場には小さなケルンが積まれています。
コルを隔てた山頂手前のピークには「イカ岩の頭 1828m」と書かれた道標が立っています。野反湖の対岸に「エビ山」というのがあり何か関係があるもかも。
「イカ岩の頭」から灌木のトンネルをくぐって急降下するとすぐにコル(鞍部)に着きます。このあたりから植生の変化を感じることができます。高木が生育しにくい高度、標高1700m付近にあたると言われる森林限界に突入するのですが、登りはじめが1500mのため、たった1時間程度で簡単にこの高さまで来ることができるのです。ここから美しい笹原の中にトレッキングルートが浮かび上がり、標高の高さを感じることができます。この風景のバランスのよさが八間山の魅力です。
笹原の中につけられた急な道を登ります。少々きつい登りですが、急斜面を登り終わって木の根まじりの道になったらもうひと登りで頂上です。このあたりからトレッキングルートに向かって右側(東側)に谷川岳が見えてきます。また下を見渡すと原生林が美しく、シラカバやダケカンバなど白い樹木が原生林の中のアクセントになっています。
途中熊笹に包まれた急斜面が右に切れ落ちている場所があるので慎重に進みましょう。今にも手が届きそうなほど浅間山や草津白根山が近くに感じられ、麓には草津温泉の街並みが見えます。
景色の良さを楽しみながら歩くとあっという間に頂上に到着です。山頂には360度パノラマが待っていて、簡略化された周辺地図も用意されています。周囲を取り囲む高い山々の景色が美しく、実際にはもっと遠くの山を見渡すことができるので、できたら5万分の1の地図を持っていって地図片手に山々を観察するとおもしろいです。噴煙を上げる浅間山や、湯釜という火口湖を持つ草津白根山もすぐわかります。運がよければ富士山も見ることができますよ。ここでランチタイムにするのもよく、疲れがこの絶景ですべて飛んでいってしまいます。
下山は往路を戻ることもできますが、せっかくなので時間に余裕があつので北側の斜面にある反対側のルートで降りてみます。写真の手前の尾根道は、黒渋の頭を越え白砂山を目指す道です。
登りと違い、樹林帯の中を歩くことが多くなるので涼しく感じられ、南側の斜面のルートと比べて意外なほどに植生が変わるのが驚きです。
ここまでの道のりは、野反湖をほとんど見ることができず眺望は期待できませんし、野反湖見晴というポイントでも見えませんでした。
約1時間の下りを楽しみ、たどり着くのは登り口と反対の北側の湖畔です。登山口を抜けたところが湖というのは、なんだか素敵な気持ちになります。ここから30分程北に歩いたところにぐんま100名山のひとつ白砂山登山の玄関口になる駐車場と売店のある野反湖展望台があり、そこの野反湖バス停から車を停めた野反峠バス停まで戻ることができます。ただしバスは1日3便(野反湖発9:11・12:19・15:11・期間5月1日~10月20日)なので注意が必要です。
バスの時間に間に合わないか、バス停まで30分歩くことを考えれば、このまま野反湖畔を1時間程度散歩しながら富士見峠駐車場まで戻るのもひとつの考えです。道路はす向かいの湖畔コース入口から湖畔に下っていきますが、この湖畔の遊歩道は「遊歩百選」にも選ばれている景色のよい道です。
野反湖に凛と立つダケカンバやコバイケイソウを右手に見ながら吹き下ろす風に背中を押されて下っていきます。カヤ平まで来ればもう湖畔、今度は湖面を吹き抜ける風が気持ちいいです。アップダウンも多少はありますが緩やかなコースで、足取りも軽やかになります。
2km歩いたところにある大山の石が転がる「イカ岩ワンド」まで来ると、ここから先はウッドチップが敷き詰められた快適なハイキングコースです。ワンドとは池状の入江のことで、このあたりにはノゾリキスゲに混じってイブキトラノオが風に尻尾をなびかせています。湖畔ではニジマス釣りをしている人もいて、トレッキング以外の楽しみ方も発見です。
最後に湖畔から急な階段を上がれば車を停めている野反峠休憩所です。風が吹くたびにノゾリキスゲも風になびき、葉音がざわめく草原の中を上っていきます。
お楽しみの温泉は「応徳温泉 くつろぎの湯」でひとっ風呂浴びることにしました。六合地区の温泉は、白砂川、長笹川の渓谷沿いに点在し歴史と数々の伝説を持つ古い温泉です。江戸時代に野反湖から16kmほど下った「道の駅 六合」に隣接する町営の日帰り入浴施設です。入口は築128年の古民家を移築した宿「お宿 花まめ」と玄関から入り、入浴料400円を払ってそのまま裏の入浴施設に向かいます。
10人も入れば満杯になるタオル張りの小さな内湯だけのこじんまりした温泉ですが半濁したお湯には黒い湯の花が混じり、ほんのり茹で卵のような硫黄の香りがします。