賑わう鶴岡八幡宮から静寂に包まれた金沢街道の名刹を巡る鎌倉旅

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冬が過ぎ新しく芽吹きを迎え、桜やアジサイが咲くまでの間、鎌倉はほんの少し静かになります。「金沢街道」は、鎌倉市街の東側からほぼ東西に延びる街道で、かつて“塩の道”とも呼ばれ、鎌倉時代から明治時代にかけて横浜金沢の平潟湾で製塩し、要所・朝夷奈切通を通って鎌倉に運びいれる塩の道として栄えた道筋でした。谷が深く入り込む自然豊かな地形を生かした古刹が多く、鎌倉五山の浄妙寺や鎌倉随一の竹林を有する報国寺など格式の高い寺社が点在しています。庭園もどこか個性的で、鎌倉中心部からやや距離があるためか静けさが保たれています。鎌倉一の賑わいをみせる鶴岡八幡宮から、静かな金沢街道へ。早春のこの時期こそ古都らしい侘び寂びを感じる鎌倉旅に出かけます。

江ノ電鎌倉駅から若宮大路を歩き、先ずは鎌倉一の賑わう「鶴岡八幡宮」を目指します。途中から若宮大路の二ノ鳥居から道路の真ん中が一段高い鶴岡八幡宮まで約500m続く参道「段葛」を歩きます。養和2年(1182)m北条政子が第2子頼家懐妊を機に、安産を祈願して整備した参道で源頼朝が自ら指揮して有力御家人たちに造らせたと伝わります。

鶴岡八幡宮は康平6年(1063)源頼義が石清水八幡宮を源氏の氏神として由比ヶ浜辺に祭祀したのが始まりとされ、その後、鎌倉入り後に源頼朝が神のお告げを聞き現在の地に遷し祀り一族の守護神とし、関東の総鎮守としました。わずか3代で滅亡した源氏に代わって北条氏の時代になっても、武家精神のよりどころとして信仰され続けました。扇形に広がる鎌倉のほぼ中心に位置し、以降八幡宮と若宮大路を中心に鎌倉の街づくりは行われました。大石段の上に立つと若宮大路が真っ直ぐ延びているのがわかります。

横大路との交差点にある三ノ鳥居をくぐり境内に入ると東の源氏池と西の平家池の間の参道に架けられた橋が「太鼓橋」です。勾配が急で弓状になっていて、創建当時は朱塗りの木の橋だったので赤橋と呼ばれていました。

源氏池の中の島には旗上弁財天社が鎮座しています。頼朝が出兵の際の霊験への報賽の念を込め建立したとされます。

その社殿の裏手には隠れるように大きな自然石の「政子石」といわれる霊石が2つ置かれています。頼朝が政子の安産を祈願してこの石を置いたといわれ、頼朝と政子の夫婦仲のよさから、夫婦円満、子宝、良縁を願う女性が訪れています。

参道の中程、本宮に向かう大石段前に立つのが「舞殿」。源義経の愛妾であった静御前が鎌倉に召し出され、頼朝の命により舞を披露し、義経を慕う歌を歌ったと伝わる若宮廻廊跡に建てられました。

参道の先、大石段登ったところに本宮(上宮)があります。楼門に掲げられた扁額は、よく見ると八の字に目があるように見えます。これは信州善光寺にもある神の使いであるハトをモチーフにしたハト文字です。古くから生命を表す色とされ、魔除け、災厄を防ぐと言われる朱色の社殿には、応神天皇、比売大神、神功皇后を祀っています。現在の建物は文政11年(1828)に徳川家斉によって再建されたものです。

ここから金沢街道方面に向かうため東鳥居にむかうのだが途中、うっそうとした木立に包まれ、空気感が一気に変わり、木立の奥に忽然と漆黒の社が現れます。正治2年(1200)創建で源頼朝と三男で鎌倉幕府三代将軍実朝を祀る「白旗神社」です。、学問成就や必勝祈願に御利益があると言われています。昔、豊臣秀吉がこの社を訪れ、同社に安置されていた頼朝の木像に向かい、「私とあなたは、共に微小の身から天下を取った。だから友達だ」と語りかけたという逸話が残っています。

鎌倉には数々の美しい寺がありますが、中でも金沢街道とその周辺には、豊かな自然に囲まれた個性的な寺が多くあります。金沢街道とは、鎌倉と横浜の金沢八景を結ぶ鎌倉時代以来の幹線道路で、六浦道とも呼ばれていました。六浦(現在の横浜市金沢区一帯)は当時の重要な港で、六浦道は塩をはじめとする物資を運ぶ道としても賑わったといいます。今回は体力や時間を考えつつ、一部はバスも使って効率よく回ることにする。まずは東の鳥居を出て横浜国大附鎌倉小の横を抜けて「大学前」バス停からまずは「浄妙寺」で下車します。

「稲荷山浄妙寺」は文治4年(1188)、源頼朝の伊豆挙兵以来の重臣、足利義兼が退耕行勇を開山とし、極楽寺という密教系の寺院として創建した後、浄妙寺と改め禅刹となりました。足利義兼は北条政子の妹の夫で退耕行勇は頼朝と政子夫妻に尊敬された高僧でした。鎌倉五山第五位の格式にふさわしく、最盛期には23もの塔頭を有する大寺院だったといいます。現在は総門、本堂、客殿、庫裡が残っています。

本堂は宝暦6年(1756)に再建され、寄棟造銅葺きの美しいシンメトリーの姿は、歴史ある寺院の本堂にふさわしい堂々たる威容です。本堂奥に鎌足稲荷神社があり、藤原鎌足が子孫繁栄を願って背後の稲荷山に霊鎌を埋めたことが「鎌倉」という地名の語源になったといいます。

園内奥には足利一族の墓があり、足利尊氏の父、貞氏の墓と伝わる宝篋印塔の中央部に刻まれた宝生如来の浮き彫りに注目です。

天正年間(1573~92)に建てられた茶室「喜泉庵」が戦国時代に、僧が一同に会してお茶を飲んだことが、この庵の起源。大正時代に別荘として使われていた建物を移築し、平成3年(1991)に誰もがお茶をいただける場所として復興されました。お抹茶に添えられる美鈴の季節感あふれる上生菓子をじっくり味わいながらここからの幽玄な表情を見せる枯山水庭園の眺めはベストとのこと。

金沢街道を挟んで浄明寺の向かい、静かな谷戸に抱かれたところにあるのが鎌倉随一の竹林を有する「功臣山報国寺」です。室町幕府初代将軍足利尊氏の祖父・足利家時が、建武元年(1334)に創建した臨済宗の寺院で、開山は円覚寺の開山・無学祖玄に師事した高僧・天岸慧広(仏乗禅師)です。開山自筆とされる『東帰集』や自ら使用した「天岸」「慧広」の木印は国の重要文化財に指定されています。かつては足利・上杉両家の菩提寺として栄え、鎌倉五山・十刹に次ぐ格を与えられていました。

端正な竹林が有名で竹寺と呼ばれていますが、数十種類のコケが自生する苔寺でもあります。山門を入るとそこには苔が美しい庭が広がる。木の根、置石に苔がつき、しっとりとした雰囲気を醸し出しています。

山門から緩やかな坂道を上ってゆくと右手の階段上に見えてくる銅葺きの建物が本堂です。凛とした本堂には南北朝時代に作られた釈迦如来坐像が安置されていますが普段は拝観できません。報国寺のある谷戸は、かつて平安時代から南北朝時代まで宅間派と呼ばれる絵師・絵仏師の芸術家集団が拠点にし、室町時代には宅間法眼一派が住んだことから宅間谷と呼ばれていました。近代になり昭和10年(1935)この地に川端康成が移り住みました。川端康成はこの山間のしじまの音なき音を「山の音」と表現し小説『山の音』を執筆、その机もあり、昭和29年(1954)公開映画『山の音』では報国寺が登場しました。

また枯山水の前庭も美しい。

本堂の左側から裏手の竹の庭へ。25mも天高く伸びる約1000本の孟宗竹が群生する竹庭が見事で、午前と午後で太陽の位置が変わると雰囲気も違ったものになり、木漏れ日が差す竹林をめぐりながら風が生む竹の葉擦れの音に心が癒されます。散策路には石灯籠や石仏が点在し、極楽浄土につながっているかにような心安らぐ小道です。

奥行きを感じられる竹庭入口付近から上を見上げると太陽の木漏れ日が差し込み、なんとも風流な雰囲気です。竹林奥には、2016年リニューアルした竹庭を囲むようにアール状に設けられた喫茶スペース「休耕庵」があり、抹茶をいただきながら竹と苔の緑の世界をゆっくり眺めることができます。

竹林へ歩みを進めればすぐ足元に石仏たちが拝観者に向かって手を合わせてくれているかのように佇み、古都の風情に満ちています。

竹庭の奥には、鎌倉の寺の大きな特徴である岩肌を穿ったやぐら(横穴式墳墓)に、足利家時ほか、永享の乱(1438)で自刃した足利義久など足利一族が眠っています。

最後に鎌倉最古と伝わる天平6年(734)創建の寺「大蔵山杉本寺」を訪れます。鎌倉幕府が開かれる500年前、行基が自ら刻んだ十一面観音を本尊に創建した鎌倉で最も古い寺と伝わります。本尊は3体の十一面観音菩薩で残りの2体それぞれ仁寿元年(851)慈覚大師円仁の作と寛和2年(985)恵心僧都の作と伝わります。鎌倉時代の火災の時、3体の観音菩薩が自ら大杉の下で火を避けたことから「杉の本の観音」と呼ばれていたといいます。坂東および鎌倉三十三観音霊場第1番札所です。

バス通りの金沢街道から両脇にずらりと続く十一面杉本観音の奉納幟がはためき、独特な雰囲気を醸し出す杉本寺の見上げるような急勾配の石段を上りきると茅葺き屋根の仁王門が現われます。

18世紀中ごろに建立された門の左右で朱塗りの仁王像が睨みをきかせています。仁王像は鎌倉時代初期に活躍した仏師・運慶の作と伝わり、鬼気迫る表情やポージングに目を奪われます。

仁王門の先、本堂に続く鎌倉石の階段は、すっかりすり減って角がなくなり青々としたコケに覆われています。1200年以上もの年月の間にどれだけの人が行き交ったのだろうかと緩やかな曲線となったコケの石段を見上げてしまいます。現在この石段を上ることは出来ず、脇に設けられた階段を上ったところに重厚な茅葺き屋根の本堂があります。

開基である聖武天皇の妃の光明皇后の寄進により建てられた本堂は火災で焼失しましたが、建久2年(1191)に源頼朝によって再興されました。また境内には財宝の御利益のある大蔵弁財天堂もあり、お参りすれば大きな蔵が立つほど富に恵まれると古くから伝えられている隠れたパワースポットです。

帰りはバス停「杉本観音」からバスに乗れば一本で鎌倉駅に行けます。しかしながら「八幡宮」バス停で途中下車して再び賑やかな小町通りを歩くのも楽しいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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