日本百名山のひとつに数えられる霧ヶ峰の最高峰、標高1925mの車山。中部山岳地帯の中心に位置し、山頂に登れば遮るもののない360度のパノラマ眺望ができます。車山を含む霧ヶ峰高原一帯にはトレッキングルートが縦横に整備されていて、車山の南側を走る高原道路・ビーナスラインの数か所からアプローチできるなど、時間と目的に合わせたルート設定が幾通りも可能です。今回は秋の景色、八島ヶ原湿原の真っ赤な草紅葉とススキの競演を通り、車山を目指すトレッキングに出発です。
白樺湖から車山、霧ヶ峰を抜けて走る高原ドライブルート・ビーナスラインはなだらかな起伏を繰り返す丘陵地。抜けるような青空となにひとつさえぎるものがない草原の風景は気分爽快です。霧ヶ峰高原最大の高層湿原である「八島ヶ原湿原」はそんな開放感あふれる八ヶ岳中信高原国定公園の一角を占め、天空の箱庭とも称される標高1650mにある南北620m、東西1050mのハート型地形の場所は、「恋人の聖地」のモニュメントもある日本の最南限の高層湿原です。
高層湿原とはミズゴケを主体に200種以上の植物が枯れたあとも腐食せずに堆積し、泥炭化を繰り返してやがては水面より高く盛りあがったものをいいます。八島ヶ原湿原の泥炭層は8mにも及び、一年に1mm堆積するとして、今の姿になるのに1万2千年という気の遠くなるような歳月を経て形成された湿原なのです。一帯は植物の宝庫であり、シシウドやアカバナシモツケ、コウリンカ、ハクサンフウロ等が見られ、繊細な湿性植物、可憐な花をつける高山植物等、500種以上の植物が短期間に咲き乱れる昭和14年に指定された国の天然記念物です。
スタートは八島ビジターセンターあざみ館で車はここに停め、道路下のトンネルをくぐると八島ヶ原湿原の入口で、周囲は鹿除け柵で囲まれています。湿地帯には木道が整備されていて歩きやすく一周3.7kmの道のりもゆっくり歩いて1時間半ほどで回ることができます。
コースは、時計回りに八島ヶ池、鬼ヶ泉水、鎌ヶ池を右手に見て奥霧の小屋跡まで1.8km約30分、木道を足取り軽く進んでいきます。
奥霧の小屋跡で物見岩から蝶々深山を経て車山山頂を目指します。ここから湿原を離れ、明るい尾根道を物見岩に向かって登り始めます。ここから先は車山までトイレがないので利用しておきましょう。
小川のせせらぎを聞きながら歩き始め、しばらくして登り始めます。物見岩(標高1780)まで約40分です。
足元のごろごろとした石に気を付けながら蝶々深山までさらに草原の一本道を登っていきます。遠くに車山頂上の気象レーダー観測所が望めます。
物見岩から歩くこと20分で蝶々深山(標高1836m)に到着です。小高い丘のような蝶々深山の頂部は瓦礫の山ですが、遠くに北アルプスや浅間山などを見渡すことができ、手前に北の耳(標高1829)と南の耳(標高1838)が見え、標高1776mの男女倉山(ゼブラ山)からの周回コースも歩いてみたくなります。
蝶々深山からは石の多い登山道を500m下っていきます。その先には木道が続きます。
振り返れば今下ってきた蝶々深山から続く草原の中に真っ直ぐに延びる一筋の道が延びています。まさに絵に描いたようなたおやかな山容は心躍るランドスケープです。
木道が終わり砂利道を小さく登り返したところが標高1815mの車山乗越です。右手に目指す車山には蛇がトグロを巻いているかのような登山道が頂上に向かって延びています。
山頂までは展望リフトを左手に眺めながら開けた少々きつい坂道を辿っていきます。砂利道の道端には人工降雪機が設置されています。
見上げた先にはリフトの山頂駅が見えていて、それを目指して一歩一歩階段道を進んでいきます。振り返った眼下には白樺湖も燦めきその後方には諏訪富士とも言われる蓼科山が聳えています。
リフト乗り場と合流したら、最後の長い階段をひと頑張りすると、目の前に大きな白い球体を乗せた車山気象レーダー観測所の建物が現れます。平成11年に富士山レーダーの代替えとして建設されたものです。
その横には2020年12月12日に設置された新しい設備、広々とした展望デッキのSKY TERRACEがあり、そこからの景色はまさに息を飲むよう。この日はちょっと雲がかかっていたが、東南には裾野を長くのばす八ヶ岳、峻嶮な山稜が連なる南アルプスなどが望め、その間からはうっすらと富士山の姿も捉えることができます。また“ユニバーサルツーリズム”も目的として造られていて、テラスはバリアフリーにもなっています。
観測所のある場所がまさに標高1925mの車山の山頂。天空の神社として親しまれている車山神社が鎮座します。車山神社は山の鎮守と安全祈願のために昭和8年(1933)に建立。高さ2.5mほどの富士山に向いている鳥居と、大小の岩石を積んだ小山の上に祠が鎮座します。祠の四方に4本の御柱が立ち、諏訪大社の御柱祭と同年8月下旬に祭を開催します。ここは山頂へ柱を曳き上げるのが特徴です。
最初は車山の南にあるカボッチョ山(標高1680m)の山頂に祠が置かれました。霧ヶ峰がスキー人気で賑わい、ガボッチョ山に石積みのジャンプ台ができたことで、山の開発の隆盛を願い「スキー神社」の名で祠を作ったのが始まりといいます。
鳥居前と山頂の看板の前は記念撮影ポイントです。
山頂からは北・南・中央アルプス、八ヶ岳連峰、富士山、御岳山と2500m以上の名峰など全国有数の山々を360度見渡せるパノラマが圧巻です。リフトで、簡単に上れる百名山であり、高齢者でも楽しめる唯一の百名山でもあります。多くの人で賑わう車山山頂を後にして、次の目的地、車山肩へ登山道を下っていきます。
この道は、車山肩にある駐車場から車山山頂へと登る最短のルート(上り40分)でもあり、それだけに軽装の人とすれ違うことが多い。
夏であれば緑の草原に風に揺れるニッコウキスゲの群落を眺めながらではあるが、眼下にビーナスラインを望む景色もまた気持ちがよい。
足元にゴロゴロと転がる石屑に注意しながら下ること25分、車山肩に到着です。車山肩エリアに建つのが、趣あるウッディ調の建物が目を引く「ころぼっくるひゅって」です。昭和31年(1956)手塚宗求さんが建てた山小屋の名前コロボックルは、アイヌ語で「蕗の葉の下の人」の意味で、小さな神様を指すのですが、殺が気に入って名付けられたとのこと。現在は2代目の貴峰さんが切り盛りしています。
テラスのデッキでいただくカフェは目の前に広がる車山湿原の風景を眺め、そこからの高原の風を感じながら味わうひと時で格別です。
一息いれたところで車山湿原を右手に見ながら、石ころ道の草原の斜面を下り、木々の中を通って約25分、沢渡に出ます。
沢を渡り、砂利道の両脇にはススキが生い茂り、その中を直進します。太陽に照らされてススキの穂が黄金色に輝き、風に揺れる様はまるで金色の波のようです。
1.5km、20分ほど歩くと八島ヶ原湿原の東南端に旧御射山(もとみさやま)遺跡があります。日本最古の競技場跡という歴史的な場所で、鎌倉時代ここで豊作を祈る神事や、武士たちが流鏑馬などの武術を競い合ったとされます。現在も樅の大木に囲まれた石の祠や階段状の観客席跡などが遺っています。
スタート地点まで30分、湿原の西側の木道を歩いていきます。途中ベンチに座って、赤く染まった草紅葉が映える広々とした湿原風景と歩いてきた車山肩などの稜線を遠くに眺めながら暫しの休憩をとると緩やかな時間が流れていきます。
今回のトレッキングコースをおさらいしてみると、八島ヶ原湿原をスタートし、物見岩、蝶々深山と登り、車山乗越から車山山頂に登頂。下山は車山肩から沢渡を通り、八島ヶ原湿原に戻ってくる約4時間半(昼食・休憩込み)、約12kmの行程です。例年7月中旬から8月上旬には、車山高原のニッコウキスゲが見頃になりますので黄色いニッコウキスゲに覆われた高原の散策を楽しむのも各別です。