新潟県中部、越後平野(蒲原平野)の西側、日本海沿岸に聳え、北から角田山、弥彦山、国上山と連なる西蒲三山の一つ「弥彦山」は、弥弥彦山塊の中心に位置し、佐渡弥彦米山国定公園の一角をなします。標高634m、周りのどこからでも仰ぎ見ることができる霊山です。霊峰弥彦山の麓、樹齢500年に近い杉や檜に囲まれた深い社にたたずむ彌彦神社は越後一宮として知られ、越後国の文化・産業発展の祖神である天香山命を祀り、「おやひこさま」の敬称で篤い信仰を寄せられているパワースポットです。
朝一番、越後一宮「彌彦神社」に詣ります。駐車場に近い東参道からも行けますが、ここは直線にして300mの神社通りを歩き、正面、朱塗りの両部鳥居で高さ約6mある一の鳥居に一礼してから境内に入ります。彌彦神社はかつて社殿が朱塗であったと伝えられ、その名残りといわれています。
親柱を両脇の稚児柱が支える両部型鳥居ですが、よく見ると親柱が地面から6cmほど宙に浮いているように見えます。雪や雨に対する防腐措置とか地震で折れないようにとかいわれていますが、その由来には諸説あります。
一の鳥居から境内に入ると、弥彦山から流れる御手洗川に神様の渡られる赤い御神橋「玉の橋」がかかっているのが見えます。神社古記録によると和銅4年(711)勅命により宮殿が改められた境内建造物の中に、御池「玉ノ橋」が記載されている如く、古くから参道中程に「御神橋」があり、室町時代の境内古絵図にも描かれています。明治45年(1912)の社殿焼失以前には拝殿前にあったとのことです。
川の甲高い瀬音に心洗われる思いで継ぎ目のない一枚岩の石橋を渡るとすくっとした杉木立が続いています。樹齢400~500年の杉や檜が頭上を覆い、緑に囲まれた参道が奥へ続いています。森閑とした趣はまさに神域にふさわしく、体を包み込む冷気にも底知れぬパワーを感じます。
手水舎で進路を左手にとると二の鳥居があり、さらに奥に進んでいきます。
二の鳥居をくぐり、石段を上がると随神門。昭和15年(1940)、紀元2600年を奉祝して建立されました。門内の左右には紀伊国熊野から天香山命に随行してきた印南鹿神を父とする大神の宮居を警護する長気・長邊の兄弟神を奉祀しています。石段の途中から空と弥彦山、次いで正面に拝殿の姿が現れます。
随神門をくぐり本殿でお詣りましす。彌彦の参拝の作法は「2礼4拍手1礼」で出雲大社と同じです。ここでもピンと張りつめた空気に包まれて拝礼すると、厳かな気持ちになります。彌彦神社の御祭神は天照大御神のひ孫にあたる天香山命(伊夜日子大神)です。神話によると紀州熊野にいた天香山命は神武天皇から越後開拓を命じられ、弥彦で製塩、漁業、稲作、酒造などの技を授けました。それが産業の基礎となり、今の新潟県につながっています。神武東征の神話には、敵の毒気で昏睡状態に陥った神武天皇を彌彦の神様が救った話もあり、苦難から救ってくれる起死回生の神様でもあります。『続日本後紀』には、彌彦の神様が干ばつのたびに雨を降らせ、人々を病から救い、天長10年(833)に『名神』とされたと記されています。強烈な御神威を発揮する神様として中央に認識されていたようです。
2000年来の神領地として朝廷や上杉謙信、徳川幕府の大名家から崇拝され、庇護を受けてきました。明治45年(1912)の社殿焼失により大正5年(1916)に再建された社殿は、三間流造で明治神宮、築地本願寺などを手掛けた建築家の伊東忠太が設計しました。
拝殿に着く前にお参りしたほうがよいのが、本殿の右手にある8つの摂社・末社です。彌彦大神の御子神をはじめ6代の御子孫(六王子)を祀る「摂社」やそのほかの神様を祀る「末社」といった小社が境内にあります。
写真の摂社は彌彦大神の子孫6代が祀られていて特に「草薙神社」は出世、「今山神社」は学問、「乙子神社」は金運・隆盛の御利益があるとのことです。
末社には近畿周辺の著名二十二ヶ所の大神を祀る二十二所社、京都以東の著名八ヶ所の大神を祀る八所神社そして国重要文化財に指定されている「十柱神社」です。元禄7年長岡藩主牧野氏が和霊の為に奉建した入母屋造、単層茅葺の建物です。大己貴神と大地、水、山、海、土など国土の安全を守護する十柱の大神を祀ります。
手水舎と神符授与所の間の先に重軽の石「火の玉石」が二つ並んでいます。石を持ち上げて軽く感じると願いが叶うといわれます。どちらも重いです。
弥彦山スカイラインは全長16.8kmのドライブコースで、山頂を目指します。弥彦村と新潟市西蒲区岩室の2カ所から上がることができ、およそ20分で山頂まで行くことができます。山頂駐車場に車を停め、標高634mの弥彦山頂で涼を感じ、美しい景色を楽しみます。弥彦山の頂上から広大な越後平野や日本海、佐渡まで見渡せる絶景を眺めることができます。弥彦山の山頂にある御神廟には、彌彦神社の御祭神・天香山命と、その后神・熟穂屋姫命が仲良く祀られていて縁結びの名所として知られます。
今宵、弥彦温泉のお宿は、前身が割烹料理店だったという「お宿 だいろく」。
大浴場「神のおかげ湯」と樽型、檜素材の貸切露天風呂「弥彦の湯」が入浴できます。お湯は弥彦温泉の源泉を利用しています。門前に湧く美肌の湯「弥彦温泉」は、彌彦神社外苑・弥彦公園のトンネルを抜けもみじ谷を更に奥へと進んだ先に標高115mの御殿山があります。この御殿山の南側中腹に弥彦温泉発祥の源・湯神社があります。『弥彦の霊泉』は、今を去ること一千年の昔、弥彦に権九郎という猟師が湧き出る温泉を見つけ、彌彦神社の神官にお願いしてお湯が湧き出る池の傍らの大岩を背に湯神社を建立したことに始まります。時代も移り自然と温泉の噴出も止まっていましたが、同じ敷地内に昔と変わらない『弥彦の霊泉』が湧出しました。弥彦の新源泉は湯神社の参道脇から湧出したことに因み湯神社温泉と名付けられました。アルカリ性単純温泉で湯温47.9度、効能は美肌効果と鎮静効果が大きいとあります。
弥彦の町を一望できる「弥彦の湯」では、誰にも邪魔されない贅沢な湯浴み時間を過ごすことができます。夜になるとライトアップされ、飴色に輝く湯船と暮れ行くあかね色の風景が幻想的です。
弥彦の霊気に包まれた夜が更けていきます。