伊勢物語第八十二段渚の院で主人公(在原業平)が“ 世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし”と詠んだことに対する返歌で“散ればこそ いとど桜はめでたけれ うき世になにか 久しかるべき” 桜の開花時期は毎年ごく限られた期間しかなく、その栄華盛衰に心が動かされ、ますます桜がすばらしいと感じます。たくさんの桜が咲き乱れる中を歩いて、立ち止まって、満開の桜に包まれてみたくて、春の遅い東北、福島の桜並木に会いに出かけてみました。
春の旅は桜の風景を愛でることから始めます。桜に誘われ蔵の町「喜多方」へ。旧国鉄日中線は福島県喜多方市の喜多方駅から福島県耶麻郡熱塩加納村(現・喜多方市)の熱塩駅までの5駅を結ぶ路線総延長11.6kmの鉄道路線でした。昭和59年(1984)に廃線となり、4年後旧国鉄日中線跡地の一部、喜多方駅から会津村松駅間を「日中線記念自転車歩行者道」としてしだれ桜遊歩道が整備されました。4半世紀が過ぎ、JR喜多方駅から西へ徒歩約5分にある遊歩道入口から全長約3kmに渡って見事に成長した約1000本のしだれ桜が道の両側に立ち並び、花のトンネルとなって観光客を迎えてくれています。
自転車歩行者道なので、車の往来を気にする必要もなく、まっすぐ続く道はのんびり歩くのにちょうどいいです。淡いピンク色の花をつけたしだれ桜が、春のうららかな風を受けて一斉に揺れる様子もまた圧巻です。
しだれ桜並木道のちょうど中間点付近にはSL広場が設けられ、当時走っていたSLが桜に囲まれて展示されています。記念撮影には絶好の撮影ポイントで、家族連れや鉄道ファンで賑わいます。日中線は、本州で蒸気機関車による定期旅客列車の運転が最後となった路線だといいます。
さらに1kmほど歩いたあたりから空を覆いつくすほどの圧倒的なしだれ桜が咲き誇り、満開の濃いピンク色の花々が「桜のトンネル」を作り出します。JR東日本「大人の休日倶楽部」で、『花言葉は「円熟した美人。」年を重ねるたび、人を幸せにする桜でした』2023年春
たとえば、ちょっと特別な春を旅する。旧日中線跡地に、約3kmにわたって約千本が咲き誇る福島・喜多方のしだれ桜。桜は種類で花言葉も変わるそうですが、しだれ桜は「垂れ下がる枝が、年を重ねて頭を垂れる女性の姿に通じる」ところから「円熟した美人」となったとも言われています。歳月を経て生まれる奥ゆかしさが、誰かを幸せにしたりもする。そんあ気持ちにさせてくれる春を迎えに。あなたも大人の旅へどうぞ。
周囲には住宅も多いのですが、どこかのどかで、桜の他にも遊歩道沿いにユキヤナギやチューリップ、スイセンなどが植えられていたり、と変化に富んでいます。
旧村松駅の北、国道459号まで来たら折り返しになります。国道から先もまだしだれ桜並木は片側だけとかになりながらもしばらく続きます。今後はさらに旧熱塩駅までの残り8.5㎞、約3000本のしだれ桜並木の延長を目指しているとのことで、いつの日にか完成すれば日本一のしだれ桜並木になるといいます。その日が来るのが楽しみです。
近くの喜多方ラーメンの名店「らーめん 一平」は、朝7時から営業しているので朝ラーが楽しめます。喜多方市民になりきって、食欲そそるラーメン700円を注文します。
喜多方らしい中太の手もみちぢれ麺に、豚の拳骨や背ガラ、煮干し、昆布、野菜類をベースにしたしょうゆ味のスープ。チャーシューにはバラ肉が使われていて、とろけるような柔らかさです。
朝ラーでなくランチなら店の看板メニューでスープに豚の背脂をかけた「じとじとラーメン」もいいですね。
帰り道は喜多方の蔵の街を歩いてみます。「ふれあい通り」や「おたづき蔵通り」など喜多方の中心部には、蔵を利用した店や資料館などもあって、ふらりと立ち寄ってみたくなる建物がたくさんあります。
喜多方の蔵は観光のためにつくられたものではなく、暮らしのうつわとしての役割を果たしています。一番の特徴は大切な客人をもてなす座敷蔵と呼ばれる蔵造りの座敷が多いことです。
一個から買える気軽さが人気の喜多方名物通称「10円まんじゅう」を販売する田原屋菓子店も蔵造りのお店です。
ちなみに朝7時にSL広場前の「喜多方商業高校跡地臨時観光駐車場」※700台駐車、料金500円の開場は8時からということで、仕方なく遊歩道を挟んで反対側の「市民プール駐車場」※無料に停めます。
東北各地で、人々が集う桜の名所が増え続けています。震災の半年後に選定された「東北・夢の桜街道」桜の札所・88ヵ所巡りで隠れた花見スポットにも次々と日があたるようになりました。
猪苗代町にある11番札所「観音寺川の桜並木」は、猪苗代湖へ通じる長瀬川の支流、観音寺川の両岸に、JR磐越西線川桁駅付近から上流の川桁山の麓にある観音寺までの約1kmの区間、ソメイヨシノやしだれ桜など約200本の桜が植えられています。小川の両岸にはコンクリートの護岸がなく、緑の野草で萌ゆる自然のままの土手と満開を迎えた桜の薄紅色とのコントラストが美しく「いなわしろ新八景」に選ばれています。
日本の原風景という表現がぴったりで、初めてでもどこか懐かしい感じがします。
橋の上から眺める花のトンネルは見事で、ゆるやかに右に左にカーブし、静かに澄んだ水を流す観音寺川はを両岸から桜が覆いかぶさっています。
最後の桜並木は郡山市と隣合う小野町にある5番札所「夏井千本桜」です。阿武隈山地中央部を源に流れる夏井川の清流に沿って両岸5kmにわたって彩る約1000本の桜並木は、昭和50年(1975)4月、夏井川の河川改修工事の完成を記念し、「郷土を美しい桜の里」にと小野町の地域住民が寄付金を募って植樹が実現したものです。
川沿いに遊歩道が整備されていてのんびりと歩きながら春を満喫しているとはらはらと花びらを散らしていました。
開花期間中は「夏井千本桜まつり」が開催され、100匹の鯉のぼりが大空に舞います。
諏訪神社前の町屋橋からの眺めはビューポイントです。
夏井展望台へは、諏訪神社の境内を通って向かいます。見る者を圧倒する諏訪神社の「翁スギ媼スギ」の推定樹齢は1200年。参道を挟んで立つ夫婦杉で、社殿に向かって右が翁(ジジ)杉、左が媼(ババ)杉と呼ばれています。
両方のスギの根元の間隔はわずか1mほどでこれほどの巨木が二本まっすぐにそびえ立ち、均等な成長を遂げている例は非常にまれです。間近に見上げると壮観で威厳を感じます。
拝殿の横から急坂を10分ほど上っていくと夏井展望台があります。展望台からは千本桜の全景が見下ろせます。
反対側に下ると磐梯東線の夏井駅です。
まだまだ東北には桜並木があり、宮城の白石川堤一目千本桜や山形・最上川堤防千本桜、岩手の北上展勝地など行ってみたいものです。