生産量日本一の“茶の都”。静岡茶の里で味わう日本茶の時間

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『夏も近づく八十八夜』と『茶摘』にあるようには新緑の5月は、おいしい一番茶が出回る新茶の季節。日本人のおやつに、食後に、自宅でリラックスするときにも欠かせないおいしくて癒されるお茶に注目です。その味わいは風土に根差し、生産者のこだわりも相まって様々な個性が生まれます。知るほどに奥深さが増していく日本茶の産地を訪れてお茶を味わい、新茶満喫の旅に出ます。行き先は、全国の約4割を占める日本一の生産量を誇る茶産県。なかでも緑の畝に富士の雄姿が美しい、牧之原台地は茶業が盛んな地域です。お茶の魅力を探りに出かけます。

静岡茶は、鎌倉時代に高僧・聖一国師(円爾)が中国から持ち帰った茶の木の種子を、出生地であり静岡市足久保にまいたことが始まりとされる。戦国時代には駿河を支配した今川氏が茶の湯を広め、江戸時代に徳川家康が井川産の抹茶を愛飲したという静岡のお茶。富士の麓や山間の川根、天竜、温暖な牧之原やといっても掛川など名産地も多く、静岡県全体が一大茶園といえます。

一口に静岡茶といっても産地によって歴史も種類もさまざま。日照時間のいい牧之原、掛川一帯では肉厚の葉が育ち、香味が濃い深蒸し茶が多く作られています。牧之原地域は、静岡県中部の大井川西岸台地に、広大な茶園が広がる国内有数の茶産地。日当たりのいい台地や斜面に広がる広大な茶畑の総面積は約2610ha。牧之原大茶園と呼ばれるこの辺りには、お茶の加工場や販売店も点在していて、お茶やお茶スイーツを味わったりすることができます。

深蒸し茶の発祥の地と言われますが、その開拓に携わったのは武士の人たちでした。大政奉還後、第15代将軍・徳川慶喜の護衛を務めた武士たちが慶喜とともに駿府に移り住みましたが、明治2年(1869)の版籍奉還により職を失い、農民と一緒に荒地を茶畑に開墾。こうした先人の苦労を受け継ぎ、昭和30年頃に深蒸し茶製法の原型が開発され、全国に知られるようになりました。

グリンピア牧之原は、見学や体験ができるお茶のテーマパーク。工場で実際に販売されるほうじ茶を焙煎する様子やお茶の仕上げ工程をガラス越しに見学できます。直売店では工場で作られた煎茶やお菓子などのお土産を販売。

直売店「お土産処 逸品館」では、煎茶やほうじ茶をはじめ、オリジナルのフレバーティーや、お茶といっしょにいただきたいお菓子などが豊富にそろっています。試飲コーナーには、数種類のお茶が用意されているので、飲み比べてお気に入りの味を見つけれます。

2018年3月オープンした「ふじのくに茶の都ミュージアム」へ。静岡産の檜を使った吹き寄せ壁が印象的な外観で、お茶にまつわる産業や文化、学術などを紹介する施設として開館。博物館では、日本や世界のお茶の歴史をはじめ、世界各地の茶文化も興味深い展示で紹介。

また江戸時代に千利休や古田織部を経て「綺麗さび」という茶の湯を確立した大名茶人・小堀遠州作仙洞御所の池泉回遊式庭園東庭の茶室を復元。池と緑、曲線と直線が織りなす庭園は見応え満点です。

ショップでは

静岡県のほぼ真ん中を走る大井川鐡道は金谷から千頭までの大井川本線と、千頭から井川までの井川線の65kmからなり、その沿線風景を特徴づけているのはなんといっても、日本有数の急流である大井川です。南アルプスに源流を発するこの川は、大きく蛇行を繰り返して深く険しい山々を削りながら、太平洋まで流れていきます。大井川流域の特産品といえば、お茶をおいてほかにはありません。茶畑が多い理由の一つは、川霧が上質な茶葉を育てるから。大井川鐡道門出駅に直結するKADODE OOIGAWAは、大井川周辺で生産されている多彩な農産品をテーマにした2020年オープンの体験型フーパークで、地元産の野菜やお茶などをふんだんに使った料理が味わえる農家レストランや静岡の特産品が手に入るマルシェなどがあります。

おいしいお茶の淹れ方や製茶の工程が学べるお茶エリアでは、「工場体験緑茶ツアーズ」が人気。緑色のポンチョを着て茶葉に変身したら製茶工場の中を巡り、“蒸す・揉む・火入れ”など、茶葉から緑茶になるまでの工程を学べるユニークなアトラクションです。最後にはオリジナル緑茶4種の飲み比べもあり。所要時間は約20分、30分おきに行われる。

このほか16種の茶葉から湯温、抽出時間などで自分好みの味を見つけることができる「緑茶B.I.Y スタンド」も好評です。

牧之原台地の一角を占める掛川市。静岡茶の約1割はここで作られる掛川茶です。掛川茶は戦国時代に寺の改築のために、京都へ視察に行った檀徒がお茶の種子を持ち帰り蒔いたのが始まりといわれています。その後江戸時代以降に生産が本格化、海外へ輸出されるまでに発展しました。温暖で日当たりのいい牧之原4,掛川一帯では葉肉が厚いため、渋みが強いのが難点でしたが、一般的な蒸し時間の2倍蒸すことで渋みを抑えることに成功し、色が濃く、コクのある味のお茶が特徴です。

また掛川では、茶文字がユニークな栗ヶ岳の麓の東山地区を中心に伝統的な茶草場農法が、今も行われています。これは茶園のそばに広がる茶草場から刈り取ったススキやササなどを畝の間に敷く方法。お茶の味をよくするほか、毎年草を定期的に刈ることにより茶草場の自然環境が一定に保たれ、絶滅危惧種の植物や希少な昆虫が生息することから、平成25年5月世界農業遺産に認定されています。循環し継続できる農法として、今まで受け継がれてきています。

この全国的に名高いお茶の産地・掛川市東山地区のシンボルが、東海道新幹線や東名高速道路で掛川付近を通るとき、車窓から見える「」の文字。茶畑が広がるのどかな風景とミスマッチ、壮大かつどこかユーモラスな光景に、一瞬目にしただけで心を奪われます。昭和7年(1932)に栗ヶ岳の中腹に松の木を植えたのが始まりでした。昭和60年頃、松くい虫の被害に遭うと、跡地に檜を植樹し、現在では縦横約130mの大きさとなり、地域のランドマークとして親しまれています。新茶の季節には鮮やかな緑の茶畑越しに「茶」の文字をのぞめます。世界のどこにもない、ここでしか出会えない景観です。

東山周辺には「ビューポイント」が3ヵ所点在します。

栗ヶ岳登山のスタート&ゴール地点となる休憩所「東山いっぷく処」で東山茶の情報を仕入れたら、車で5分、徒歩で1時間ほどの栗ヶ岳に上ります。

山頂の阿波々神社は、天平8年(736)に創設された由緒ある社。社殿左奥には「無間の井戸」があり、「どんな欲望も叶える」とされた「無間の鏡」を沈めたという伝説があります。

さらに神が降り立ったと伝わる古代祭祀跡、苔に覆われた巨石群「磐座」と、幹周1m以上の大木が200本以上生い茂る神秘的な原生林の森「鎮主の森」が広がります。地獄へ通ずる穴があると伝わり、森全体が東山のパワースポットとなっています。

境内を通って向かう標高532mの栗ヶ岳の山頂には、休憩所「茶草場テラス(愛称かっぽしテラス)」があります。建物が刈り取ったススキやササを束ねて干した「かっぽし」に似ていることからこう呼ばれています。お茶を広めた茶祖、栄西禅師の銅像も立ちます。

このテラスは2棟の建物からなっていて、1階「グラステラス」では、まるで野原に敷いたレジャーシートのような茶畑や芝生の匂いを感じることができるボーダレスなテラス。お茶どころ掛川ならではの厳選された地元の茶葉を使用した、ここでしか味わえない食事がいただけます。2階は「パノラマテラス」また各棟2階「フジテラス」「スカイテラス」からは伝統的農法の茶草場農法が培ってきた広大な茶園が織りなす美しい風景をはじめ、富士山、空港、伊豆半島、駿河湾や南アルプスなどが一望できる、空と緑の体験型テラスです。

菊川市で作られる菊川茶もまた深蒸し製法ですが、緑色の濃いきれいな水色が特徴です。

閑話休題:紅茶の産地といえば、インドのアッサムやダージリン、スリランカなどが有名ですが、日本でも外国産の流通量が多数を占めていますが「和紅茶」と呼ばれる国産品が、着実にファンを増やしています。日本で主に栽培される「やぶきた」品種の茶葉を発酵させたタイプが多く、渋みや苦みの強いアッサムティーやダージリンティーより口当たりはまろやかです。もともと緑茶用の品種を加工しているため、日本茶に近い旨みや甘みを持っている。風味が繊細なので、砂糖やミルクを入れるよりストレートティーに向いていて、お茶請けにはケーキやクッキーよりようかんや団子など和菓子がおすすめ。

また日本茶では価値が下がる二番茶や三番茶も紅茶なら持ち味を生かすことができ、生産に取り組む茶農家が増え、「べにふうき」や「べにひかり」など紅茶向けの品種も登場してきています。2023年122月23日「NIKKEIプラス1世界に誇れる国産紅茶」で1位だったのが牧之原台地で150年以上続く茶農家・井村製茶が手がけた「金谷和紅茶ももか」です。紅茶をいれたとき桃のような甘い香りがふわっと広がることから「ももか」と名付けられました。紅茶のために作られた品種「べにふうき」を使い、“ライチや白桃を思わせる軽い甘さのあとにわずかに苦みが顔を出すが、逆に大人びた印象を与えて余韻の満足感がある”と評価しています。.

 

 

 

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