島崎藤村ゆかりの信州小諸・中棚荘“初恋りんご風呂”に浸る

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小諸は古くから多くの文学者に愛されてきた町。懐古園には小諸義塾の教師だった島崎藤村の藤村記念館があり、また町の南東には高浜虚子の暮らした家が残る高浜虚子記念館もあります。彼らが小諸に魅かれたのは、文学への想像力をかきたててくれる豊かな自然と美しい景色であろう。実際、虚子は句碑にあるように『遠山に日の当たりたる枯野かな』などの小諸の自然を詠んだ句を数多く残し、藤村は、『千曲川のスケッチ』の奥書に『実際私が、小諸に行って飢え渇いた旅人のように山を望んだ朝から(中略)私の内部には別のものが始まったような気がしました』という言葉を書き記しています。文人たちへの思いを引きずりながら、藤村が『千曲川旅情の詩』のなかで岸近き宿と詠った中棚荘を訪れます。

千曲川を見下ろす高台に、藤村記念館などが点在する小諸城址・懐古園。その脇の細い坂道をぐるりと回り、眼の前に千曲川が開けた、崖沿いの傾斜地に中棚温泉「中棚荘」があります。島崎藤村が詠んだ「千曲川旅情の詩」の一節にある“千曲川いざよう波の岸近き宿にのぼりて濁り酒濁れる飲みて・・・”の岸近き宿は中棚荘を詠ったもの。明治31年(1898)に大衆浴場として開業、藤村のエッセイ「千曲川スケッチ」でも紹介され、藤村自身も中棚荘の温泉を好んで利用するなどしたとされます。冬りんごを浮かべた「初恋りんご風呂」で、藤村になった気分で初恋の思い出に浸ってみます。

中棚荘の風情は、「千曲川旅情の詩」の一節「千曲川いざよう波の岸辺近き宿にのぼりて 濁り酒濁れる飲みて・・・」と島崎藤村が詩にしたためた頃のままです。中棚荘の敷地には「はりこし亭」という伊東深水がこよなく愛した、藍染め業を営んでいた築140年の古民家を移築した食事処があります。こちらで食事をすると入浴料が割引になりますよ。

木組みの高い天井には太く見事な梁がめぐり、畳敷きに信州名物の長座布団と掘り炬燵式の佇まいは古き良き時代の日本建築そのままです。お座敷では、足を伸ばしてゆっくり食事が楽しめます。民家に残っていたという藍染の型紙を使った、タペストリーや暖簾が何とも粋な雰囲気です。

名前の由来は南佐久地方の郷土料理「はりこしまんじゅう」からきています。丸めた饅頭を天井の梁を越すようにポーンと投げ、お椀で受け止めて作るというまんじゅうなのです。「君はまだハリコシなぞという物を食ったことがあるまい」という一節が藤村のエッセイ「千曲川スケッチ」に登場しています。

ここではやはり信州小諸蕎麦である。食事をすると入浴料が200円割引になるのです。写真はつけ汁が、しょう油、ごま味、サラダ油の3種の野菜そばです。

中棚荘は、小諸義塾校長の木村熊二の書斎として使っていた別荘「水明楼」を拠点に、近隣の人々の社交場として明治31年(1898)に造られた宿で、冬場の寒さが特に厳しい小諸で地元の人の憩いの場になっていました。明治時代、小諸義塾の教師として小諸に赴任した藤村自身も中棚荘の温泉を好み、塾生たちを連れてしばしば入浴に訪れたといいます。写真はフロントの入口で左右に旧館(大正館)と新館(平成館)があります。

 

 

平成5年(1993)に増築された平成館の客棟から風雨除けの覆いに囲われた石段を登って行くと、男湯、次に女湯があり、大浴場は源泉に近い場所に設けられています。現在の中棚温泉は、昭和63年(19889に新たに掘ったもので、自家所有の地下600mから汲み上げた源泉100%の温泉です。泉質は弱アルカリ性低張性温泉で、濃度が低い分肌に優しく、包み込むような感じがしますし、もちろん飲用も可能です。神経痛、慢性疲労、美肌、ストレス、冷え性に効果があります。中棚荘で、りんごが出回る10月から3月までの間行われているのが、中棚温泉名物「初恋りんご風呂」です。藤村の「初恋」の中の一節、「まだあげ染めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり・・・」から名付けられました。時期ごとに異なる品種のりんごが湯に浮かび、湯気の向こうには、誰にでもある甘酸っぱい初恋の思い出が立ち上るよう。

湯船に身を沈めると、温められたリンゴが互いにぶつかりあって放つ香りに、身も心も癒されます。湯に浸りながら、藤村のような詩人になってみませんか?

露天風呂からは眼下に、木々の葉が鮮やかな赤や黄色に色づき始めた千曲川沿いの風景が広がり、飽きることなく、浴槽から眺めることができます。

お風呂あがりにはロビーで藤村になった気分で窓から千曲川を眺めてみてはどうでしょう。

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