日本遺産“月の都千曲”!姨捨の棚田がつくる月景色「田毎の月」

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長野県千曲市は、東西から迫る山の間を南北に千曲川が流れる狭長な地形に位置し、古くは信濃国の埴科郡と更級郡として、古来より人々が生き交わってきた交通の要衝の地でした。千曲川の西側、姨捨と呼ばれるエリアは、現代では創造がつかないほど、名月で知られていました。平安時代の紀貫之も姨捨の月を詠み、歌人藤原定家は和歌で「月の都」と称賛しまっした。江戸時代になると松尾芭蕉が姨捨の月を見ることを目的に旅をして来て、1ヶ月半ほど滞在し『更科紀行』を著し、歌川広重は浮世絵で表現しました。彼らが眺めた景色は今も人気で、JR篠ノ井線姨捨駅からの展望は日本三大車窓のひとつで、日本夜景遺産にも数えられています。JR東日本のクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」の停車地にもなっています。2020年6月19日、日本遺産「月の都千曲-姨捨の棚田がつくる摩訶不思議な月景色『田毎の月』-」に認定されたストーリーを旅します。

JR篠ノ井線姨捨駅が最寄り駅。先ずは長野駅から松本方面に向かう列車に乗る。乗車した列車は、篠ノ井駅から松本へつづく篠ノ井線に入り、20分ほど走ると南西方向へと高度を上げていきます。千曲川に沿って湾曲して広がる長野盆地は善光寺平と呼ばれ、この西側を縁取るように列車は走り、行く手には25‰もの急勾配が立ちはだかる。高度を上げるにつれ、進行方向の左後方の車窓に、千曲川と犀川がつくり出す雄大な扇状地のパノラマが広がっていく。間もなく列車はその急勾配の中腹に静かにとまり、今度は進行方向を変えてゆっくりと折り返します。稲荷山駅の先の桑ノ原信号場と、姨捨駅の手前でスイッチバック運転を行い、姨捨駅に入線します。

明治時代、いち早く開通した信越線と中央線、その二つを結ぶ路線がいくつか検討され、結局冠着山を越えることに決着します。明治33年(1900)に難工事の末に篠ノ井~西条間が開通し、急斜面になっている長野側には桑ノ原信号機とともに姨捨駅もスイッチバックのために急勾配の途中にある駅を水平に設置する工夫がなされています。

座ったまま天下の名景を鑑賞できる場所”として評判を呼ぶようになり、北海道根室本線旧線狩勝峠(※廃線)とJR薩肥線矢岳峠とともに「日本三大車窓」の一つと全国でも希少なスイッチバック方式を擁する駅として知られる篠ノ井線姨捨駅が称えられました。

姨捨駅は善光寺平に面する山の中腹、標高547mにあり、列車を降りると、ホームからは聖山高原を背に遮るものもなく目の前に善光寺平の大パノラマと傾斜地には、日本の棚田百選に選ばれた約40ha、15000枚の江戸中期から明治初期にかけて開かれた棚田が懐かしい景観を見せています。ホームのベンチも景色を見られるように線路ではなく景色の方に向いています。2025年4月放送関西テレビ「あなたを奪ったその日から」の最終話で美海と紘海(北川景子)が再会した駅のホームが姨捨駅のホームです。人生のスイッチバックとして描かれていました。

普段は無人駅の姨捨駅は、昭和9年(1934)に建てられた背の高い洋館風建築の駅を平成22年(2010)にリニューアルしたもので往時の様子が偲ばれます。三角形のファサードに壁飾りを持ち、屋根は折り鶴を、窓は亀の甲羅をイメージしたなかなか好感の持てる駅舎です。

姨捨の棚田は聖山高原を背に善光寺平を一望する標高460mから560mに至る棚田です。古くから人々を魅了してきた姨捨。その魅力は何と言ってもこの土地の持つ風景そのもです。この姨捨を構成する13ヶ所の主立った風景や事物は「姨捨十三景」と呼ばれていました。『善光寺道名所図会』に所蔵されている「放光院長楽寺十三景之図」や歌川広重『六十余州名所図会』所有の「信濃更科田毎鏡台山」など、様々な書画で古くから紹介されています。長楽寺境内にある本堂、観音堂、姨石、桂の木や宝池をはじめ近景の姪石と甥石、小袋石に四十八枚田の田毎の月、更科川、遠景の冠着山、有明山、鏡台山、一重山、千曲川など、長楽寺から望むことのできる風景や事物が従来、姨捨十三景として絵図に紹介されたり、俳句などに読み込まれてきました。時代によっては、更科川にに架かる雲井橋や更科の里なども数えています。

姨捨の名は昔、さらしなの里のある農民が、年寄りの大嫌いな殿様の「六十歳になった年寄りは山にすてよ」というお触れに背いて老婆を匿い、やがて老婆の知恵が国を救い、殿様も自分の考え違いを認め、お触れをといて年寄りを捨てることをやめさせたとのことです。

「姨捨」をテーマにした月見の和歌としては『古今和歌集』に収められている作者不詳の名歌「我が心 なぐさめかねつ 更科や 姨捨山に てる月をみて」は、謡曲『姨捨』で「月の名近き秋なれや姨捨山に急がん」との謳い出しをはじめ、後世の多くの歌人や松尾芭蕉などの俳人たちに強い影響を与えました。姨捨山は現在の冠着山で、当時この地には信濃国から京の都に通じる主要な道「東山道」の支道が通り、麓には更科郡衙が置かれていました。ここを通る人々にとって姨捨山はランドマークであり、照る月を仰ぎ見て都から遠く離れた心情を和歌に詠んだことでしょう。和歌を通して姨捨山の月を知った京の都人らは、未だ見ぬ姨捨山に照る月を見たいと思うとともに寂しさや哀れを思い浮かべ「はるかなる月の都に契りありて秋の夜すがらに更科の月」と詠った『新古今和歌集』に選者で鎌倉時代の歌人・藤原定家は、この地を「月の都」になぞらえて称賛しました。

古来、都の人々が千曲川左岸の姨捨山(冠着山)の空にかかる月を愛でたのに対し、芭蕉や小林一茶が俳句に詠んだのは千曲川右岸の鏡台山から昇る月、殊に長楽寺から望む風景が人々を魅了しました。千曲川を抱く善光寺平と鏡台山、そして手前に幾重にも連なる江戸時代から整備された棚田。以来、月と棚田が織りなす景色は、「田毎の月」として多くの人をこの地に誘うことになりました。浮世絵師の歌川広重は、水を張った棚田一枚一枚に月が映る幻想的な風景を描いてみせました。実際田に輝くのは一つのはずですが。

姨捨の長楽寺には、古く平安時代から月の名所として和歌に詠まれ、芭蕉の来遊以降は芭蕉の歩いた所を巡る文人たちが多く訪れました。長楽寺境内入口横にある「芭蕉翁面影塚」はもちろんのこと、境内には、たくさんの歌碑や句碑が建てられ、多くの人の「月を愛でるこころ」が詠まれていて、歌人や文人が愛したこの地を「月の都」として有名にたのでしょう。

江戸時代の元禄元年(1688)に木曽路から猿ヶ番場峠を越えて、姨捨山の月を眺めようと“秋風が吹き騒ぐように心が騒いで”この地を訪れた松尾芭蕉が『更科紀行』で、長楽寺から鏡台山(標高1296m)から昇る月を見て詠んだ「おもかげや姨ひとりなく月の友」の名句は、棄老物語を題材にし、独り捨てられた老婆が満月のもとで泣くという姿です。同句は明和6年(1769)加舎白雄らによって建立された芭蕉翁面影塚に刻まれ、芭蕉の「日本三塚」のひとつと言われています。あの有名な、松島の雄島にある「松島やああ松島や松島や」、鹿島の根本寺にある「月はやし梢は飴を持ちながら」『鹿島紀行』とともに並んでいる全国的にも有名な句碑です。写真の月見堂は天保5年(1834)の再建で、間口2間、奥行2間の宝形造り、茅葺きの建物。

長楽寺は観月の名所として知られる天台宗の名刹で、信濃三十三観音霊場の十四番札所。境内には姨石や聖観音菩薩を納められた元禄4年(1691年)再建の観音堂、月見堂(観月堂)などがあります。

本堂・庫裡は間口4間半、奥行6間の切妻造り、板葺きの建物で、低い根太天井を張って中2階を設ける建物形式からみて天保5年(1834)の再建とされます。本堂に隣接する観月殿(月見殿)は本殿と1間通りの畳廊下を隔てて接続し、間口2間、奥行6間2尺の入母屋造り、茅葺きの建物で、虹梁の絵様に幕末の特徴があり、元治元年(1864)の再建です。

境内にそびえる高さ15mの巨岩姨岩(姨石)は、幅約25m、奥行き4薬25mあり境内裏手から登ることができます。観音堂は間口2間奥行2間の宝形造り、茅葺きに建物で、虹梁の絵様、拳鼻・実肘木の様式などから、宝暦・明和期(1751~1771年)頃の建築ではと推定されています。観音堂の奥に見えるのが姨岩。

上からの見晴しは抜群で、頂上からは善光寺平を一望でき、月の眺めも別格です。江戸時代後期の紀行文作家であった菅江真澄は夥しい人々がこの岩の上からの鏡台山から登る月を愛でている様子を絵に残しています。実はこの岩が姨捨山縁起から伝説の姨捨山だと伝えられています。

長楽寺から更科川に沿って長楽寺への旧参道にあたる道を下ること約5分、四十八枚田地区へ。途中小袋石

四十八枚田は一筆で字「月見田」を構成し、西行法師が阿弥陀四十八願に因み一反歩(三百坪)を48枚に分けて名付けたと伝わります。長楽寺が所有する田で、田の中ほどには宝永3年(1706)の銘がある田毎観音がひっそりと佇んでいます。また「田毎の月」の呼び名はここから始まったと言われます。

 

雲井橋を渡り、更科川を挟む対岸にある棚田が上姪石・姪石地区(標高460m~560m)です。総面積40haで約1500枚の田があります。

棚田を撮るなら姪石地区の姪石苑からとい姨捨の棚田の最水面を走る県道338号線の長尾根と曽根塚古墳あたりが撮影ポイントです。写真は曽根塚古墳

「信濃では 月と仏と おれがそば」ふるさと信州が輩出した偉大な俳人・小林一茶が詠った句です。京都・大沢池、滋賀・石山寺とならんで日本三大名月の地に数えられる月の里・おばすてで月の妖しく幽玄な光に酔いしれ、雅な宵の宴へと誘われます。

ホームの向こうに善光寺平の街灯り!夜景列車ナイトビュー姨捨」はこちらhttps://wakuwakutrip.com/archives/315

 

 

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