緑萌える季節5月、山があり、川があり、美しい四季がある日本には「庭園」という独自の文化があります。飛鳥・奈良時代より1200年以上の歴史をもつ日本庭園には、四季折々楽しめる名園が全国に残されています。目に鮮やかな植栽や、力強い石組(庭園に置く石の配置)、澄み切った池泉(庭園に設けられた池)と涼やかな音を奏でる流れ(庭園に設けられた流水)の景観。新緑の季節は庭巡りに最適です。足立美術館に代表される島根の名園を訪ねてみます。
国道9号線で島根県を目指します。途中からは所々山陰自動車道を走り安来ICで降り「足立美術館」に向かいます。米国の日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が、全国900か所以上の名所旧跡を対象に実施している「日本庭園ランキング」において2003年から19年続けて1位に選ばれているのが島根県安来市の「足立美術館」なのです。シンプルなエントランスで近代日本画壇の巨匠たちの作品と広大な日本庭園が奥に広がります。
5万坪の及ぶ広さに、枯山水庭、苔庭、寿立庵の庭、池庭、白砂青松庭、歓迎の庭の6つの日本庭園からなり、どれも一幅の絵を見るようで2017年には「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で三ツ星として掲載されました。この日も開園の9:00にもかかわらずすでに大勢の観光客が来ていました。まずは入場券(大人2300)買います。入口建物左手には「歓迎の庭」があり、すでにここから始まっています。
「庭園もまた一幅に絵画である」という当館創設者・足立全康の想いと、日本画と日本庭園の調和を基本方針として91歳で亡くなるまで自ら庭を回り、その庭づくりへの情熱を生き生きと伝えている5万坪の日本庭園です。入館して最初に目にするのが「苔庭」です。青々とした苔が美しい形に整えられ、赤松や石橋、白砂が織りなす構図が美しい世界をつくり出していて、見る角度によっても苔庭の風景は変化します。苔庭の苔は杉苔が中心。よく成長して厚みのある苔の群落が曲線を描く、京風の雅な庭園です。ゆるやかな曲線を描いた苔の緑と、白砂の白との対比が美しい。苔庭の赤松はよく見るとすべて斜めに植栽されています。これは山の斜面に生長した松の自然な姿を平坦な地に再現したからこそで苔と相まって山の自然を思わせます。自然のもつ美を大事にしつつ、一幅の絵のような美的な苔の庭は、野生の苔が作り出す景観とはまた違う世界に浸れます。
傍らには庭園日本一の石碑と伴に訪問客に自ら館内を案内する足立翁の姿を再現した銅像が佇んでいます。
次のガラス張りのロビーから眺めるのが「枯山水庭」です。水を使わず、石の組み合わせや地形の高低だけで山水を表す伝統的な手法による自然との調和が美しい足立美術館の主庭です。中央の立石は険しい山をイメージしそこから流れる滝水が渓流となってやがて大河となる雄大な山水の趣を表しています。遠景の山並み、中景の森。近景の枯山水庭が折り重なり、情緒に富んだ奥行きのある一景が楽しめます。
そんな「枯山水庭」の素晴らしい眺望を、深いソファに座り、コーヒーを飲みながらゆっくりと観賞できるのが喫茶室「翠」です。ここは予約をいれておいて先にすすみます。
その隣が同じ「枯山水庭」を絵画として楽しむ「生の額絵」です。「庭園もまた一幅に絵画である」との言葉通り、窓枠が“額縁”となり、窓の向こうに絵のような枯山水庭が見えます。大小の木や石がバランスよく配置され、芝生の稜線が美しく、まるで琳派の絵をみているような自然による絵画です。大きな楠の木の陰影が“絵”に奥行を与えています。平櫛田中や米原雲海の木彫作品がさりげなく置かれているのにも注目です。
いったん建物の外に出ることができ、「枯山水庭」をガラス越しではなく見ることができます。最も奥にある戦国時代の合戦地、勝山を借景とし、手前に赤松を拝し、右手には滝の姿も見えます。滝口から勢いよく流れ落ちる水が、庭園に動きと緊張感を与えています。山から水が湧き出て川になり目の前の海になる頃には砂に変化する、まさに“生きる日本画”です。
坪庭の横を周って「池庭」を観賞しながら「生の掛軸」へと進んでいきます。水面に映る景色を愛でる「池庭」は、周囲との調和を考え、新しい感性と伝統的手法用いて造られた庭園です。池に架かる石橋、配された石や樹木の大きさにいたるまで、どこから見ても美しく調和するように設計されています。豊かな湧水をたたえた池に優雅に群泳する鯉は、見る人の心にやすらぎを与えてくれます。水に深さがあることで、水面に映った空や雲が、風が吹けば水面にできる複雑な波の模様が楽しめるよう池が深く作られいます。
再度離れのような建物に入り、椅子の腰掛けて左右をみることで額縁の「生の衝立」や「生の掛軸」が観賞できるようになっています。床の間の壁をくりぬいて、あたかも一幅の山水画が掛かっているかのように見ることができる足立美術館の名物のひとつです。ちょっと人の頭でわかりにくいですが、枠の中に横山大観の名作「白砂青松」の世界感が広がります。
後で「白砂青松庭」を見学し「生の掛軸」を通さないほうがより雄大な印象を持てるのではと思ったが、掛軸を通して見たほうが遠近感を感じやすく、より雄大に見える。
もう一度坪庭の横を周って建物の軒下からみることができるのが先ほど「生の掛軸」から見えた「白砂青松庭」です。横山大観の名画『白砂青松』の雰囲気を繊細に表現した日本庭園です。海岸に見立てた白砂の丘陵には、右に黒松、左に赤松を配置し、大小の松が絶妙のバランスで点在し、対照的な調和美を生み出しています。背景の山には高さ15mの人工の滝「亀鶴の滝」があります。これは大観のの作品『那智乃瀧』からヒントを得て昭和53年(1978)に開館8周年を記念して開瀑したものです。
2Fの近代日本画や横山大観特別展示室を観賞し先ほど予約した喫茶室「翠」で名前が呼ばれるのを待ちます。足立美術館は近代日本画壇の巨匠・横山大観のコレクションで知られ、約120点の所蔵数から“大観美術館”とも称されます。ほかに川合玉堂、竹内栖鳳らの日本画、河井寛次郎、北大路魯山人らの陶芸作品など1500点を収蔵しています。ほどなく窓際の席に通されました。面前に枯山水庭が一人占めです。それも優雅にコーヒーを飲みながらの至福のひと時です。
庭もまた一度として同じ風景はなく、いつ訪れても同じ風景はありません。一期一会ならぬ「一期一絵」これが足立美術館のもう一度足を運ばせる理由です。
安来から境港を経由して江島にダイハツCM「タントカスタム 坂編」に登場した「ベタ踏み坂」があるとのことで走ってみることに。この坂は「江島大橋」といい、江島とお隣鳥取県境港を結ぶ全長1.7kmの橋で、総事業費228億円をかけて2004年に完成しました。約45mの高さがあり、5000トン級の船が下を通過できます。確かに写真で撮ると地上からの視覚角度は45度、まるで中空を切り裂くように伸びています。しかし実際に走ってみると、豊川悦司が「アクセルベタ踏みだろ?」と何度も繰り返し運転手の綾野剛に問いかけるも「いいえ」と返事されて「坂の名前変えるか」とオチをつけているのも納得です。
さらに一ヶ所日本庭園を見ようと江島から県道338号で「大根島」へと向かいます。宍道湖と全長7kmの大橋川で結ばれた鳥取県との県境にある中海に浮かぶ大根島は、江島とともに海水が出入りする湖の中の有人島で、しかも県道338号は本土へも渡ることができる本土一体型の島です。その名前「大根島」と聞けば野菜のダイコンを思い浮かべますが、この島の名の由来は、朝鮮人参を作る畑があったので、わかりやすくダイコンに置き換えて島名にしてしまったという説や、真っ平らだったこの島では風の強い日には海岸近くにいたタコが強風により空を飛んでいったといい『出雲風土記』には、一羽ワシがタコを捕まえてこの島に下りたという話が残されていて、そこから「たこじま」と呼ばれ、いつの日か「だいこんしま」という名に変化したという説があります。もちろん真偽のほどはわかりません。
大根島は国内有数の高麗人参の産地で、また県花であり、年間180万本もの生産量を誇る「牡丹」の栽培が盛んなところでもあります。牡丹は300年ほどの栽培の歴史があり、明治時代以降に改良された品種を含めると、今では300種以上あるといい、畑に植えられた牡丹は毎年5月の連休の頃が開花時期です。また約190年前の天保年間(1830~1844)に松江藩の事業として始められた雲州人参の栽培も今に至るまで途切れることなく続いています。栽培から収穫まで6年もかかる雲州人参は、本場の高麗人参にも負けない高品質のブランド人参根として、粉末やエキスが滋養・強壮剤として取引されています。
そんな大根島にある山陰地方随一の池泉回遊式日本庭園が、米国の日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が、全国900か所以上の名所旧跡を対象に実施している「日本庭園ランキング」において2011年から11年連続のランクイン(2021年過去最高の20位)に輝いている「由志園」です。庭園は初代園主の門脇栄氏が大根島の美しい風景に着目し、昭和42年(1967)に着工し昭和50年(1975)に開園しました。
コンセプトは出雲地方を代表する八岐大蛇伝説が息づく奥出雲の大渓谷や斐伊川、そして宍道湖や中海、日本海の美しい水景までも感じることのできる豊かな地形を1万坪の広々とした敷地に凝縮した出雲国の箱庭です。
長屋門をくぐるとすぐ左手に全体の5分の1を占める中海を模した巨大な池泉が広がり、来園者は池を中心に庭園を巡るようになっています。庭園には名物の250種2万本の牡丹をはじめ赤松やアジサイ、サツキ、スイレンなど100種以上、数千本の植物が息づき、多くが手を伸ばせば届く近さにあります。GW時期、3万輪の牡丹池泉になり見ごたえたっぷりです。
中海に見立てた池に浮かぶ中島が大根島。他にも宍道湖や鬼の舌震(奥出雲)の景観など、庭園全体で出雲地方の各地を再現しています。中海を埋めた牡丹で描かれた「平成」の文字も去りゆく平成時代を惜別しています。
「牡丹の館」は1年を通じて大輪の牡丹を見ることができる施設です。
喫茶「一望」からはゆったりと席に座り、ガラス越しに額縁庭園が眺められます。