平安時代の歌人、小野小町生誕の地と伝えられ、秋田美人を思わせる奥ゆかしい情緒がそこかしこに見られる秋田県南部の湯沢市は、小町美人七湯といわれる日本屈指のいで湯の里です。多彩な温泉が点在するのも「湯沢」の名のとおり。熱湯が噴き出る小安峡大噴泉、滝壺が湯船となった川原毛大湯滝など火山活動を体験できるスポットが満載のジオパークゆざわ。なかでも古くより天狗伝説が伝わる白濁色のみちのくの秘湯、泥湯温泉・奥山旅館でひたすらに自然のお湯と山の風景を愉しみます。
湯沢市内から山間の道、国道398号を皆瀬川沿いに走ると小安峡が現れます。小安峡の地形は、皆瀬川が一万年以上前から長い年月をかけて刻んだ約8kmにおよぶ険しいV字渓で、国道から川底まで高低差は約60mあります。
国道脇の入口から300~400段の階段をぐんぐんと谷へと下ると、その先は一本道になっている500mの遊歩道があり、一周するのに約30分ほどかかります。
渓谷沿いに歩くと、もうもうと湯けむりをあげるエリアが見えてきます。小安峡の地下深くには、マグマの熱によって周囲の岩石を加熱され、地下の温度が250~300℃と高温となったところに地下水が入り込んで熱水が溜まった貯留層があり、地表に一番近いものは地下40mです。この貯留層から断層を伝って深い渓谷の岩壁の割れ目から噴き出す温泉と水蒸気が小安峡大噴湯です。通称「地獄釜」と呼ばれ、「通れるの?」と不安になるほどの勢いで噴き出す大噴湯は、渓谷を彩る木々の美しさも見どころで、小安峡随一の景勝地です。
地熱で温められた98℃の温泉が噴き出し、この熱水の中の成分により周辺の岩石は硬くなっていて、板状節理を見ることができます。湯けむりのなかを歩くと、蒸気がものすごい勢いで噴出している箇所があり、通り抜けるとミストサウナの様にむんむんとして、全身が蒸気につつまれ、服がしみるほどの湿気を感じます。身体を包みこむ蒸気の温泉成分は、美肌の湯と言われる小安峡温泉で堪能できます。
河原湯橋から眺める蒸気の噴出する深さ60mの渓谷も絶景です。
高松川上流の渓谷は、泥湯沢、桑の沢、湯尻沢の三本の川が合流することから三津川と呼ばれていましたが、この先に川原毛地獄があることから、三途川渓谷と呼ばれるようになりました。三途川渓谷は名前のとおり渓流から40mの高さがあり、緑が美しくも断崖絶壁が深く険しい谷です。明治以前は川を渡るために崖を下り、丸太橋を渡って反対側の崖を登らなければなりませんでした。明治以降架け替えられ現在の橋は平成5年(1993)に造られ、橋の両端には閻魔大王と泰山大王の石像があります。川原毛地獄の入り口にあり、現世とあの世の境目なのかもしれません。
渋留沢と湯尻沢が合流した山葵沢と高松川が合流した水は、川原毛地獄の強酸性温泉を含むため毒水と呼ばれ、農業で使えない水でした。そのため上流に隧道を掘り、その水を使ったといいます。
川原毛地獄は、古くから羽州の通融嶮と呼ばれ、かつては青森の恐山、富山の立山と並ぶ日本三大霊地のひとつに数えられ、王朝時代から多くの修験者や参詣人が訪れた女人禁制の山でした。大同2年(807)に月窓和尚が川原毛地獄山に霊通山前湯寺を開山したことが霊場としての始まりと伝わり、月窓和尚が周辺の奇岩や池を血の池地獄や針山地獄など136の地獄に見立てたことが川原毛地獄の名称の由来となっています。その後天長6年(829)慈覚大師円仁が当地を訪れ、法螺陀地蔵と自作の仮面を奉献し、明徳4年(1393)前湯寺は栴檀上人により三途川に移されました。
このお寺のあった場所に川原毛大菩薩が建てられています。
標高約800mのその一帯は、灰白色の溶岩に覆われた山肌は火山活動の余勢を未だに残しています。元和9年(1623)から秋田藩が硫黄採掘場として以来、昭和41年(1966)までの300年あまりの間、硫黄を採掘していた硫黄鉱山の跡でもあります。
岩肌のいたるところから水蒸気や鼻をつく強い硫黄臭(硫化水素、硫酸)の火山性ガスが噴出し、ケイ酸を除く多くの岩石成分は、このガスの成分により抜け落ち色が白くなりました。周辺の岩が黄色く見える危険な立入禁止の場所もあります。灰白色の山肌には草木が生えず、地獄さながらの景色が広がります。
湯沢市によって整備された大菩薩のある駐車場から大湯滝への案内に従い、木の葉に覆われた緑のトンネルを折れ曲がる下り坂の遊歩道を15分ほど歩くと見えてきた落差20m程の滝「川原毛大湯滝」の姿と水音に感動です。
この滝は、温泉が流れ落ちる日本でも珍しい滝で、約1km上流の川原毛地獄山に自噴する温泉が湯尻沢の水と合流し、その流れが約20mの高さからダイナミックに流れ落ちています。上流からは2本の湯の滝がかなりの水量で落下し、滝の一本は2段に落下していて、中段の滝壺にも入ることができる。究極の源泉かけ流しで、pH1.41という強い酸性の湯なので飛沫や霧が目に染みます。酸性を好むチャツボミゴケが生息しています。
滝壺にはいくつもの自然の造形ともいうべき湯壷ができ、まことに野趣に富んだ露天風呂となっています。ここでは入浴というよりは温かい流れの温水プールで遊ぶという感覚です。
水温は約30℃位で適温時期は7月上旬から9月中旬となっていますが、対岸に簡易脱衣所が男女別に設置されていて滝壺を湯船として水着を着て楽しむことができます。※訪問時は10月初旬であったが外個人の家族は入浴を楽しんでいました。
県道310号に戻り秋の宮温泉郷方面に走り辿り着くのが、栗駒国定公園内に位置し、自然が色濃く残る山々に囲まれた小さな盆地にある秘湯が泥湯温泉です。湯治に来た病に苦しむ少女が、お湯が透明で恥ずかしがり入れずにいたところ、天狗がお湯を白く濁してくれたという天狗伝説の言い伝えのある藩政時代から続く伝統ある温泉です。開湯は約1200年前の平安時代とされ、江戸時代には「安楽泉」と呼ばれていた歴史ある湯治場で、一説には湯の花をたっぷり含む泥のように白濁した濁り湯であったことから「泥湯」と呼ばれるようになったとか。
泥湯は不思議な感じのする空間で秋の宮側から見下ろしたものがほとんどすべてで、人造物は2軒の旅館や食堂、民家らしきものが1、2軒あるきり。沈んだ茶色を統一基調にした建物たちがひなびた風情を守りながら、お客から従業員までこの一画にいる人は全員温泉にかかわる、秘湯のテーマパークのようです。
奥山旅館の創業は明治45年/大正元年(1912)で「日本秘湯を守る会」加盟の宿。平成31年(2019)4月にリニューアルオープンした古民家風の落ち着いた建物は、深山に佇む素朴な風情と相まって秘湯の雰囲気満点です。
湯沢市のこけしの産地・木地山とゆかりがあり、名工・小椋久太郎作の前だれ梅花こけしが玄関に佇んでいます。木地山こけしは頭と銅を一本の木でつくりボリュームがあります。大きいものは前垂姿の梅花模様で描き、小寸のものには簡単な菊を描いています。木地師たちが、江戸時代の末期により質のよい材料を求めて移住してきたのが木地山地区です。
ロビーなどの太い柱や梁、建具には秋田県内の古民家で使われていた古材を利用し、調度品にも湯沢市の木工芸がふんだんに使われ温泉情緒に溢れています。ロビーの椅子とテーブルは、曲木家具で知られる秋田木工のもの。1910年創業の曲木専門の家具工房で、ブナ材で作られた曲木のイスは思いのほか軽く、片手で持ち上げられます。
客室は和室8室に特別室1室の9部屋。大露天風呂のある山側の景観がたのしめる、板床の間に和ベッドを備えた客室「こごみ」が今宵のお部屋です。
お部屋にも木地山こけしがドンと据えられています。
単純硫黄温泉の天狗の湯(pH3.7)、単純硫黄温泉(硫化水素型)の川の湯(pH5.8)、単純泉の新湯(pH3.8)の異なる3つの源泉からそれぞれ泉質の異なる湯が引かれ、内湯や露天風呂をめぐるのが楽しい。湯船の底に成分が沈殿するほど濃い白濁湯に浸かるとトロリとした湯が身体に浸み込んでいきます。
ブナの原生林にぐるりと囲まれた山際にある大露天風呂にじっくり浸って疲れを癒します。この露天風呂の湯は源泉・新湯から引いています。壁を挟んで向こう側が女性用です。
男女別の専用内風呂から露天風呂へと続いていますが、男性内湯から続く露天風呂は川のせせらぎが聞こえる混浴露天風呂で湯船が2段に分けられていて木の浴槽小さめです。
内湯、混浴露天風呂ともに源泉は鉄分を含む酸性の天狗の湯を引いています。
しっとりとした雰囲気の女性専用内風呂にはきれいな石造りの湯船が設えていてことらにも天狗の湯が引かれています。内風呂から続く女性専用風呂は岩風呂で、源泉・川の湯が引かれ、川べりに迫る木々が四季折々に目を楽しませてくれます。
食事も魅力的で夕食は地元で採れた山菜や湯沢市特産の皆瀬牛など地元の旨いものが季節ごとの多彩な料理で堪能できます。食前酒が湯沢の酒蔵両関で、前菜に“いぶりがっこ クリームチーズ添え”“日本一高級な納豆屋の黒豆納豆やまかけ”“山蕗の煮物”“根曲がり竹の味噌煮”“みずのコブ松前漬け”“ぜんまい一本煮”“鯉の卵煮”の7品
“鯉の昆布〆”
“岩手鴨鍋”に“茶碗蒸し”
“本日の揚げ物”は、ししとう、オクラ、かぼちゃにみずのコブといった揚げたての山菜の天ぷらを藻塩でいただきます。
焼き物は“皆瀬牛リブロースステーキ”を藻塩かポン酢でいただきます。皆瀬牛は皆瀬で育った黒毛和牛で、皆瀬に一軒しかない牛肉肥育農家で育てられた希少なお肉です。
ヤマメの塩焼き”
名物・“湯沢市しゅんぞう堂 稲庭生うどん”や“佐々一さん家のあきたこまち”に味噌汁
最後にデザートは“ナガハマジェラート 男鹿塩マーレ トチ蜂蜜かけ”の全16種類もの品々がタイミングよく出来立てで運ばれてきます。ここまでの夕食の卓にはさりげなく敷かれたランチョンマットが料理を引き立てています。ほかにも箸や箸置きにも川連漆器を使用。川連漆器は鎌倉時代、武具に漆を塗ることから始まったとされます。
朝食もお膳には鮭の切り身や納豆、味噌汁、温泉卵、味噌ふろふき大根などが並び、生野菜サラダと相川ファームの忠さんちの米粉パンには手作りイチゴジャムとサクランボジャムが供されます。いぶりガッコのタルタルソースとサラダをはさんで食べるとよくあいます。
プロが選ぶ日本の小宿2021に選ばれた心と体が落ち着く心地よい旅館でした。